全裸公開だよ~

 物凄いことが起きた気がして、セシリーンは驚愕した。

 首から下はまだ完治には程遠く、半分以上腐った状態であるからほぼ置き物となっているが……彼女の耳は健在だ。だから終始聞いていた。


 ホリーと替わり表に出た時のファシーの心の中は、嵐でも起きているかのように酷い物だった。

 それが彼に甘えて戻って来たら雑音1つ無くなったのだ。


 むしろ表に出ているホリーの方が酷い音をさせている。嫉妬と怒りと……とにかく酷い。


「ファシー」

「は、い?」


 部屋から出て行こうとする少女を呼び、その足を止めさせる。

 トコトコと歩いて戻って来たファシーは、地面に転がる損壊した死体のような彼女を見た。


「な、に?」

「……もう心は落ち着いた?」

「……は、い」


 顔を真っ赤にし、切れ目が見える首を両手で押さえるファシーは恥ずかしそうに照れた。

 ペタンと足を崩して床に座り、ファシーは片手で首を押さえながら床に転がるセシリーンを見つめる。


「セシリーン」

「何かしら?」

「……」


 言葉が続かない。言うべき言葉が見つからないと言った様子に思える。

 でも彼女の胸の中は迷いが無い。ただ真っ直ぐ彼を想い愛している。


「ファシーはズルいわね」

「は、い?」

「好きな時に外に出れるのだから」


 魔力がほとんど無く魔法を使えないセシリーンは誰かの手を借りなければ決して外に出れない。しかし才能だけなら抜けた物を持つファシーは、自身の魔力が十分にあれば好きな時に外に出れる。

 これは決定的な差だ。どんなに背伸びをしても覆せない差だ。


 前髪で隠した瞳で、ファシーは歌姫を見つめる。


「セシリーンは、ズルい」

「何故?」

「自分の、言葉を、ちゃんと、言える」


 それは決して自分では出来ないことだ。

 言いたい言葉がどれほどあってもその言葉が口を突いて出ない。大半が胸の中に残ってしまう。


 少し寂しげに笑うファシーの内面を知るセシリーンは優しく笑った。


「私たちはお互いを羨ましがっているのね」

「は、い」

「ならファシー。お願いがあるの」

「は、い?」

「今度から暇な時にここに来て私の話し相手になってくれるかしら?」

「……」


 思いがけない言葉にファシーは目を瞠った。


 自分はずっと嫌われていた。施設に居た時も、ここの中に来た時も……感情を制御できずに色々な人を傷つけ、そして傷ついた。怪我を負わせたから報復されるのは仕方ない。どんなに殴られ蹴られてもそれは仕方ない。その度に自分は感情を狂わせて刃を飛ばしてしまった。増々嫌われ孤立した。


 相手をしてくれたのはレニーラぐらいだ。それぐらいだった。


 あの日もそうだ。

 ノイエの"感情"に引っ張られ、隅に隠れていた自分が表に引きずり出された。

 何とも言えない嫌な感情が胸の中で渦巻いて刃を飛ばし続けた。


 彼も傷つけた。でも優しく笑ってくれた。


 戻って来てから……その笑顔が忘れられなかった。謝りたいと思った。

 外に出る方法は知っていた。だから実行したら、彼は謝った自分を許してくれた。


『よしよし。ファシーは実は良い子なんだね。うん。怖くない』


 そう言って頭を撫でてくれた。何度も何度も撫でてくれて、気づいたら涙を溢して……焦った彼が全力で抱きしめてくれた。暖かかった。

 だから求めた。暖かさを。優しさを。


 いつだか彼が言ってくれた。

『きっとファシーのことを理解して仲良くしてくれる人が現れるよ』と。


「いい、の?」


 震える声でどうにか紡ぎ出した言葉に、セシリーンは優しく笑う。


「ええ。ファシーが今のままでいてくれるなら喜んで」

「は、い」


 涙が、自然と涙がこぼれた。

 慌てて確認するが刃は出ていない。


「大丈夫。今の貴女の心は素直で穏やかだから」

「ほん、とう?」

「ええ。恋する女は強くなるのよ」

「……は、い」


 言葉の意味が理解出来た。

 彼の為なら何でも出来る。どんなことでも出来る。望むなら大型のドラゴンだって塵にできる。


「ファシー?」

「はっ」


 少し笑いそうになっていた。

 慌てて膨らみの無い胸に両手を当てて……頭が背後に転がりそうになったから両手で捕まえて首に押し込んでおく。痛いけど仕方ない。


「あれ~? ファシーが居る~」


 跳ねるような足取りでやって来たのはレニーラだ。

 下半身がようやく再生して動けることが楽しくて仕方ないとばかりに元気に走り回っている。


「セシリーン。カミーラとリグから借りられたよ~」

「あら? ありがっ」


 歌姫の言葉が急停止した。

 ファシーもそれを見つめながら、『痛そう』と素直に思う。


 まだ半壊しているセシリーンの胴体に2振りの短剣が突き刺されたのだ。


「エウリンカの魔剣って本当に凄いよね」

「……そうね」


 頭部だけのセシリーンが脂汗を流し痛みに耐えている。


 先日あの狂人が中枢に来た時、魔女であるアイルローゼが彼女から魔剣を強奪したのだ。

 外に出るまで暇だからと言う理由で作った魔剣は『魔力吸収』と言う、この世に存在してはいけない効果がもたらされた物だった。それを何本か作らせ、主だった者たちに預けた。


「ファシーも持ってるんだよね?」

「……」


 笑顔を向けて来るレニーラにファシーは頷き、若干逃げ腰で距離を取ろうとする。

 ジリジリと後退するが舞姫との距離は開かない。


「あはは~。ちょっと貸してよ」

「ダ、メ」

「何で何で? 大丈夫!」

「い、や」


 笑顔で迫る相手の企みが何故か分かった。

 ポンとファシーの肩に手を置いてレニーラは笑う。


「その首が直ぐにくっつくか実験するだけだから……ね?」

「……」


 張り付いた相手の笑みが怖かった。

 反射的に服の内側に隠している短剣に手を伸ばし、それをレニーラに見つかった。


「あはは~。ファシーの全裸公開だよ~」

「い、やっ!」

「あはは~。待てファシー!」


 逃げ出した少女を追って、レニーラも駆けて行く。

 その様子を耳で追っていたセシリーンは柔らかく笑った。

 レニーラにからかわれているのに、ファシーは刃を振るわなかったのだ。


「本当……私も頑張らないと」


 それにはまず体を直すことが必須だと思った。




~あとがき~


 笑わなければ良いの子ファシーは少しずつ自分を変えようと頑張ってます。

 我が子の成長を見ているようで泣けてくるわ~w




(c) 2020 甲斐八雲

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