お前が生きて居ると厄介なんだよ
「おう。馬鹿旦那」
「どうした駄犬?」
「こんな可愛い小犬の姿が理解出来ないなんて目玉が腐ってるね~」
「……」
無言で彼は掴んでいた木製のカップを投げつけた。
部屋の入り口でお尻をフリフリと左右に振っていたミシュは、飛んで来たカップを受け取ると……器用にも頭の上に乗せるのだった。
「それでどうした?」
「ん? 何か絶対に罠っぽいんだよね~」
「具体的には?」
「分家の屋敷に分家衆が。本家屋敷には当主とその娘と孫が居る。後は派閥の貴族がそこそこかな」
器用に頭の上のカップのバランスを取りながら歩いて来たミシュは、机の上に広げられた地図に駒を置いて行く。
部下たちの報告が正しければ、現状敵は2か所に居る状態だ。
「新年の祝いにしたら随分と時間が経ち過ぎているな」
「だね~」
「……どう思う?」
「私に頭を使うことを聞くな。こんな時のオッサンなのにね~」
「流石にコンスーロまで連れて来れんからな」
クシャクシャと頭を掻いてハーフレンは駒の置かれた地図を見た。
近衛団長が休暇で留守と言う状況で、その副官まで休暇となれば問題が多々発生する。
事務仕事ばかり押し付ける格好になっているが、フレアと言う卓越した事務職人を失っている近衛としたら、コンスーロは外すことの出来ない貴重な存在なのだ。
「……オッサンが病気にでもなったらどーすんの?」
「分かってる。だから現在親父の血を引いている者から人選して事務担当を雇う予定だ」
「いつの話よ?」
「……来年以降だろうな」
調整やら年齢やらの都合で色々と上手く行ってない。
素直にそれを認め、ハーフレンは仕方なく方針を示す。
「本家屋敷を先に襲撃したらどうなる?」
「普通に考えて、分家の人間が魔剣を携えて飛んで来るだろうね~」
「だろうな。なら先に分家屋敷の方か」
「だね~」
ワヒルツヒに到着してまだ半日も過ぎていないのに、どうやら今夜は寝られないらしい。
2人はその事実に気づいて、早々に机の上を片付けた。
「時間は~」
「深夜……より早朝だな」
「何故に~」
「分家を鎮圧したらそのまま本家に乗り込みアルグスタの遺体を確認する」
とにかく今回は速度重視で行くしかない。
相手に逃亡する時間をやれば、アルグスタと言う厄介な存在を他国に渡すことにもなりかねない。
ただ、だからこそハーフレンはそのことを考えていた。
「ねえ?」
「ん?」
「狩っちゃう?」
ミシュの問いはハーフレンが今考えているある種最良の手だ。
病死しているらしい弟の遺体を確認し、生きているなら本当の死体にする。
別段国を継ぐのはシュニットと言う兄が居る。その気は無いが兄に何かあれば自分も居る。
「狩っちまった方が楽なんだろうな」
「だね~」
正直に言えば、全員狩ってしまった方が楽だ。
最悪タインツだけでも残せば罪を追求し、全て押し付けて処分することも出来る。
そっちの方が楽なのだ。
ハーフレンとミシュは同時に武器に手を伸ばした。
「……宰相様からです」
「どうも~」
足音から部下の者だと理解していてもミシュは短刀を握ったままで差し出された物を受け取る。
捩じられた紙を軽く広げ折り目に違和感が無いか確認してから、ミシュは内容など見ないで上司に渡した。
広げた紙を見つめたハーフレンは、それを鉄製の皿の上に置いて燃やす。
「聞いても良い内容?」
「ああ。親父から注文が付いた」
「何だって?」
「タインツ。トパーズ。アルグスタの3人は殺さずに捕らえろってさ」
「うわ~。面倒臭いことを」
「諦めろ」
国王ウイルモットが命令して来たことを考えると、何かしらの企みがあるのだろう。
そうなるとハーフレンとしてはもっとも使いたかった手を封じられることなった。
「仕方ない。予定通り分家屋敷を掃除したらその足で本家屋敷に乗り込む」
「へ~い」
「配置は任せるぞ」
「へ~い」
ガクッと肩を落とし、嫌々仕事に向かうミシュに……ハーフレンは口を開いた。
「無事に帰ったらワインを樽でやるよ。それで良いだろう?」
「つまみも寄こせ」
「分かった」
若干やる気を出してミシュは部屋を出て行った。
まだ夜の帳が降りている時間帯に黒装束の者たちが動き出していた。
目的はルーセフルトの分家屋敷を包囲し襲撃するためにだ。
「敵の数は?」
「屋敷の者を含めて200人には満たないはず」
後のことを考え、革鎧を着た上に黒い布を巻きつけたハーフレンは黒装束のミシュを見る。
別に格好にこだわらない現役最強の暗殺者は、腰の短剣を確認していた。
「こちらの数は?」
「30人も居ないね。大半は本家屋敷に張り付いてる」
監視と、もし逃げる素振りを見せたら襲撃するための人員を含めあちらの方が自然と多くなる。
故にこちらは少数精鋭だ。
「なら朝日が昇る前に片付けて本家屋敷に向かう。良いな?」
「へ~い」
布で顔を隠したミシュからは普段感じさせない気配が漂い出す。
ネバっとする言いようの無い冷たくて息苦しさを覚える殺意だ。
「なら先に行く」
スッと姿を消し猟犬は狩場へと向かう。
本気の彼女を目で追うことなど出来ないと知るハーフレンは、手近な者に命じ行動を開始した。
表と裏から部下を差し向け門を破る。後は中に居る者を逃さずに始末するだけだ。
老若男女問わずに生者を死者に変えながら、ハーフレンは廊下を走る。
一応屋敷の地図は頭の中に入っている。何より厄介な敵は猟犬が向かい始末しているはずだ。
ただ1人を除いて。
目的の部屋の前で立ち止まり扉を蹴破る。
相手の魔法は精神干渉の幻術の類だ。ならば部屋に居る自分以外の者を全て斬り殺せば良い。
「……誰だ?」
踏み込んだ先で確かに彼が居た。
ベッドの上でその体を起こし入り口を見つめているのは、ルーセフルトにそのの人ありと言われたエルダーに間違いない。
「エルダー・フォン・ルーセフルトだな?」
「……ハーフレン王子か」
苦笑し彼はゆっくりと両腕を左右に広げる。
「粛清か?」
「そう言うことだ」
「そうか……なら命乞いしても役には立たんな」
言ってエルダーは枕の下に手を伸ばす。
ハーフレンは床を踏み割る勢いで飛び跳ね……その剣先が相手の首を左右に過ぎた。
ゴロンと転がり落ちた頭部がベッドを血の色に染め、噴き出した鮮血が全てを赤く染める。
「お前が生きて居ると厄介なんだよ。悪いな」
剣を払い血糊を飛ばすと、ハーフレンは部屋を後にする。
全ての掃除を終え屋敷に火を放ち……彼らは次なる目的地へと急いだ。
~あとがき~
こうしてエルダーはハーフレンの手により首を落とされました。
その死体もちゃんと焼かれたはずですが…
(c) 甲斐八雲
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