演じ切ってみせます
「大きなおにーちゃんは凄いです~」
「そうだな」
弟であるハーフレンとの話も終わり、残って居る仕事を片付け『ようやく眠れる』と寝室に来たシュニットは、ベッドを占拠している婚約者の姿を見た。
まだ婚前と言うことで部屋も分けているのだが、隙を見せると彼女は絵本を片手に来襲するのだ。
「今日は何が良い?」
「ん~です~」
今日の彼女は絵本を持参していない様子なので、ベッドサイドに置いている本に手を伸ばしシュニットは迷う。
絵本自体は孤児が多いのでそれなりに集まっているが、部屋付きのメイドに入れ替えをするよう言い忘れていたから全部一度は読んでしまった本ばかりだ。
目新しい物は無いが相手は子供。1冊手に取りそれを読むこととした。
「それはもう読んだです~」
「そうだったか?」
「はいです~」
覚えていたらしい。仕方なく本を戻し次の物をと、
「それも読んだです~」
「そうか」
なら隣を、
「それはこの部屋に来て2度目の夜に読んだです~」
「……」
また隣りを、
「それは5度目の夜に、その隣は3度目の夜です~」
シュニットは手を止めゆっくりと振り返る。
ベッドの上で足を伸ばして座る少女はニコニコと笑顔だ。
まさかと内心思いながら、シュニットは彼女に『3度目の夜』と指摘された本を手に取った。
「これは最後まで読んで無かったであろう?」
「です~。確か熊さんと猫さんの会話辺りで眠ったです~」
「そうか」
「でも内容は全部知ってるです~」
「……」
クスッと笑い、キャミリーは小さく咳払いをした。
「正直に言うと、そこに並んでいる本は全て内容を知っていたのですけれど」
雰囲気が変わった。屈託のない笑みからは温かみが消えた。
それでも十分に愛らしい表情ではあるが、どこかバラの棘のような鋭さが宿る。
「本当ならもう少し正体を隠していたかったのですけれど、ハーフレン様が調査すると言っていたので」
「……それが本来のお前か?」
「いいえ。こちらが演じている私です」
座ったままで軽く微笑む少女にシュニットは戦慄した。
どうやら目の前に居た存在は、違った意味での化け物だったらしい。
「何故に偽る?」
「決まっています。本来の私では他国に嫁ぐことを周りが許してくれません。
ですがこの国に来てしまえば、共和国側は取り消すことは出来ません。だから私はあの日……馬車の中で今まで演じて来た自分を捨てたのです」
そっと自分の膝を立てて抱き寄せたキャミリーは夫である彼を見つめた。
『質問があるなら何でも答える』と言いたげな妻の視線に、シュニットは軽く身構えた。
「つまりは共和国を出たかったということか?」
「はい。私はあの国が大嫌いなのです」
その返事に迷いは無い。
「私は産まれた時から全てを見聞きして来ました。話される言葉の内容を理解し、その意味も理解してました。だから難産で危険な状態だった自分の母と自分の命が天秤にかけられ……娘なら外交に使えると言うことで私が優先されるのを聞いてました」
その表情に暗い影を差して少女は言葉を続ける。
「それでも生まれた私を母は優しく抱き締めてくれました。涙ながらに『生まれてくれてありがとう』と言ってくれた言葉とその温もりを今も覚えています」
抱える膝に顔を押し付けキャミリーは、小さく肩を震わせた。
「でも私の幸せはそこまでです。母の状態は急変し彼女は亡くなりました。
それから私は乳母の手に渡りましたが、乳母は愛人……この国で言う側室に該当する女たちに雇われていました。隙を見て私を殺そうとし、私は必死にそれらに抵抗しました」
押し付けていた顔を上げ、少女は疲れた表情を見せる。
「毎日が命がけでした。周りの大人は聞くに堪えられない会話ばかりで……私はあの国を嫌い、憎しみすら抱いてました。ですが幸運にもユニバンス行きの話が舞い込みました。
だから私は今まで以上に良い子を演じ、遂には選ばれたのです」
「そうであったか」
内容だけ聞けばどこにでもある話なのだろう。
だが相手はそれを10にも満たない心で聞いて来たのだ。
「この国に来て私は演じることを辞めました。それでもし国に返されるのなら諦める気持ちでしたが……貴方様は私に対して不満一つ言いません。たぶん興味が無いのでしょうけど」
「済まんな。その通りだ」
「ですよね……何もかもが小さいですし」
身長も手足も胸も何もかもが小さいと、キャミリーは自身を理解していた。
「でも成長が少ないのは、毒を警戒して食事を余り摂らなかったからです」
「メイドが言うにはお前は好き嫌いが多いとの」
「ですから私はこの国でのんびりと暮らしたいのです。共和国を忘れてただ1人の人間として」
強引に話を誤魔化し、キャミリ―はそう宣言した。
「何よりラインリア様にお会いして、私はこの国を好きになりました」
「王妃と?」
「はい。あの人はその……見た目はあれですが、でも初めて会った私を手招きするとギュッと抱きしめてくれたのです。暖かかったんです。本当に暖かくて、泣きそうになりました」
ポロリと涙を溢してキャミリーは笑う。
「それは私が覚えていた母の温もりでした。あれはズルいです。あんなことをされたら……私はあの人の娘になることを選ぶじゃないですか。だから私はあの人の娘になりたいんです。
ですから貴方がお飾りの王妃が必要と言うならそれを演じます。演じ切ってみせます」
「そうか」
迷うことの無い宣言は、10の少女とは思え無い内容だった。
「もし私に不満があるなら側室さんと仲良くしてください。私は共和国の血を残したくないので、子供が欲しくありません」
「そうか。だが私は種無しにする毒を飲んでいるのでな……子は作れん」
「はい?」
夫の突然の言葉に妻は目を丸くした。
「私は子を作れない。この国を継ぐ者を作るのはハーフレンの仕事となる」
「……そうですか」
頷いてキャミリーは膝を抱きしめて居た腕を解いた。
「なら私はこのままお飾りの王妃としてこの国に居ても宜しいですか?」
「それは少し困る」
「理由は?」
近づいた夫が手を伸ばし、少女は彼の腕の中に納まった。
「これほどに魅力的な女性を飾っておくには勿体無いであろう?」
「……私は色々と足りませんが?」
「構わんよ。それにお前はまだ底を見せていない気がするしな」
「……それは後々のお楽しみです」
夫に背中を預けてキャミリーは柔らかく笑う。
「なら私はこのまま偽らない自分で居ても宜しいでしょうか?」
「お前が偽っていないと言うならば、それも良いだろう」
「……本当なのに」
軽く拗ねてキャミリーは咳払いをする。
「ならこのままです~。こっちの方が楽なのです~」
「そうか」
「はいです~」
素直に夫に甘え、少女はその夜は本を読んで貰うことなく眠りについた。
その日からキャミリ―は夫が居る夜は必ず寝室に押しかけ一緒に眠るようになった。
傍から見ると親子のように見えなくもない様子だと言われたが。
~あとがき~
本編とかで断片的に出ていますが、キャミリーは共和国と言う母国が大嫌いです。その血も残したくないほど嫌っているので、シュニットとの間に子供を作る気はありませんでしたが…そんな相手はまさかの種無し状態。お飾りの王妃で良かったのに本当の王妃になることとなった彼女は、ある意味で毎日幸せを噛み締めています。
ちなみにラインリアがギュッとキャミリーを抱きしめたのは、彼女がそれを強く求めているのを理解したからです。あの王妃もチートキャラですから…
(c) 甲斐八雲
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