だから出ちゃう~!

 荷台に転がっていた少女のような体型をした彼女は起き出しそれを見た。

 随分と久しぶりに感じる王都の姿だ。


「あ~。良いわ~。死臭も殺気も溢れていない場所って良いわ~。解放された感じがして気分が晴れるわ~」


 また荷台に転がり足をM字にして『よっしゃ来い』とばかりに腰を振る。

 しばらくそうして……虚しさばかり募ったので止めた。大丈夫。まだ自分は需要があると言い聞かせながら。


 南部からの隊商に紛れユニバンスの王都に戻って来た彼女……ミシュは、とりあえず朝も早くから馴染みの酒場に直行した。したのだが事前に待ち構えていた同僚たちに捕縛され、そのまま近衛団長の前へと運ばれたのだった。




「お前は普通に戻って来れないのか?」

「普通に戻って来たはずだ!」

「……それがお前の普通か?」


 全身を縄で拘束され床に転がる珍獣……部下らしいミシュをハーフレンは呆れながら見下ろした。

 モソモソと動き縄から抜け出そうとしているこれが、南部で悪名高き『猟犬』だと誰が信じようか?


「あんな血生臭い場所からようやく戻って来たんだ。少しぐらい羽目を外して飲み食いしたって良いでしょう? あんたら上役は屑ばかりかっ!」

「用件が済めば飲み食いぐらい好きにすれば良い」

「本当に?」

「ただし……また飲み食いの代金を近衛にツケたらお前への給金は配給制にするからな?」

「この人で無しが~!」


『どっちが?』と思いつつ、相手の頭を踏んづけてハーフレンは小うるさい馬鹿を黙らせた。


「で、お前には新しい仕事が出来た」

「おうおう。最前線で仕事して来た私に、いやぁ~! そこは出ちゃうっ! ミシュちゃんの何かがブリッと出ちゃうから~!」


 頭から腹に踏む場所を変えたハーフレンは、絶妙な力加減でグリグリと腹を押す。

 ブオンブオンと体を揺す振り……バタッと動きを止めたミシュが顔を上げた。


「で、次の仕事は何よ? 王都での暗殺家業はやりたかないんですけど~」

「暗殺と言うか調教だな」

「おい待て馬鹿王子。それはあれ? 若い駿馬と言う名の騎士見習いをあれ~しても良いとか言う類のあれなの?」


 キラキラとその目を輝かせ、馬鹿が頭の中でお花畑を作ったらしい。


「……若い騎士見習いを調教するのは間違って無いな」

「おうおうおう! いつからアンタはそんな物分かりのいい男になった? ミシュちゃん感激して涙が止まりそうにないよっ!」

「そうか。ならやるか?」

「やるやるやるっ!」


 泣きながら器用に頭を振って馬鹿をハーフレンはとても静かな目で見下ろした。


「そうか。助かる」

「で、どんな子? もう言いなさいよ~」


 足を退けると器用に跳ねてミシュは立ち上がる。

 無駄に運動神経の良さを披露する彼女に……ハーフレンはむんずと首根っこを掴んだ。


「説明するより見て貰った方が良いな」

「何だよ~。期待させるなよ~」


 全身をグネグネと動かす馬鹿を抱え、ハーフレンは執務室を後にした。




「あれだ」

「おおぅ……」


 脇に抱えた現役最強の暗殺者であるミシュですら圧倒された。

 それもそうであろう。蛇型のドラゴンの尻尾を掴んで地面に叩きつける人間など普通に考えて居る訳が無い。居ないはずなのに目の前の少女はそれを無表情でやっているのだ。


「あれがお前が調教を担当するノイエだ。頑張れ」

「全力でお断り、うなぁ~! だからそこは~! ミシュちゃんの嬉し恥かしな何かがブリッと出ちゃうから~!」


 脇でミシュの腹を挟んでハーフレンは馬鹿を黙らせた。


 今日はどうやら国軍のお偉いさんたちを相手にノイエの実力を披露している様子だ。

 先だってノイエ小隊の副隊長となったフレアが、大将軍を相手に何とも言えない表情で説明している。聞いている方も似たような表情をしているから問題は無いだろう。


「おう馬鹿王子」

「何だ?」

「あれの調教をしろって……そんな理由で私を呼び戻したのか?」


 脇に抱えた荷物が真面目な声を発して来る。


「仕方あるまい。あれを見たら全員がノイエに恐怖する。俺だって正直怖いぞ?」

「ま~ね。あれは正直、人との領域の外に居るわな~」

「お前も大概だろう?」

「私はの場合はたゆまない努力と祝福のお陰だね~」

「お前の口から努力と言う言葉だけは聞きたく無いな」


 このっこのっと頭を振って暴れる馬鹿を脇で挟んで黙らせる。


「で、私があれの下に就くって……つまり?」

「ああ。ある意味で本業だろう?」

「面倒臭いわ~」


 脱力して荷物となったミシュが息を吐く。


「上司を監視して何かあったら暗殺しろってさ~。どうなのよ?」

「仕方あるまい。そうでもしないと馬鹿な貴族たちが騒ぎ出す」

「だね~。と言うかあの家が後ろから煽って騒ぐだろうね~」

「そう言うことだ。本当に迷惑だな……ルーセフルト家は」

「だね~」


 ブラブラと脇に抱えられミシュはドラゴン相手に暴れる少女を見つめる。

 どこかで見た気がするのだが……どうも思い出せない。


「ところであれって誰よ?」

「お前……自分が発見した要救助者を忘れるか?」

「あん? 男ならまだしも女の顔なんて覚えたって仕方ないでしょう? 私は活きの良い男が欲しいのよ! 具体的にはベッドの上で燃え上がることの出来る相手を求む!」

「良し死ね」

「うな~! だから出ちゃう~! ミシュちゃんのミシュちゃんな所から色々と出ちゃう~!」


 聞いてる方が呆れてしまう発言に、国軍の重鎮ととある貴族の令嬢がとても冷ややかな視線を向けているが、それも気にせずミシュは狂った言葉を言い続ける。

 ある意味でエバーヘッケ家の令嬢は狂っていると言う話が広まるのがこの時だったのかもしれない。




~あとがき~


 過去編はミシュの頑張りに全てがかかっています。具体的にギャグキャラがコイツしか居ないw




(c) 甲斐八雲

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