このメイドと大して変わらん存在だな
ユニバンス王国南部の街ワヒルツヒ
南に広がる海より内陸の地に存在する場所にそれはある。南部最大の街だ。
領主はルーセフルト家の現当主、タインツ・フォン・ルーセフルト。
特出した能力を持つ人物では無いが、欲の深さではユニバンス王国内で一番とも呼ばれる人物である。
ルーセフルト家は王位争奪の折りにウイルモットへの協力を早くに表明し、武闘派と呼ばれる傭兵団を派遣し彼が王位に就くことを強く後押しした。
故に報酬として南部に広大な領地を得て、そして娘を王の側室として第三王子でとなるアルグスタの祖父となった。
王都に次ぐ権力の集まる場所……それがワヒルツヒだ。
彼は久しぶりに訪れた街の屋敷で、深い深いため息を吐いた。
目に見えて不穏な様子はうかがえないが、街中を覆う殺意と死臭は決して消え去らない。
王都から派遣されている密偵とそれを狩る街の狩人たちの争いは、日に日に激しくなっているのだろう。
《寄り付きたくは無いが……こればかりは仕方ない》
諦めて前を行くメイドに続き廊下を歩く。
スラリとした青年だ。顔の作りも悪くなく、社交界にでも出ればダンス相手を求める女性が列を作ることだろう。だが……彼はそんな俗物的な世界に興味が無い。興味があるのは自分の野望とそれに使える技術のみ。
整った顔立ちでどす黒い野心を覆い隠し、彼は一族の中で切れ者と称される立ち振る舞いをしていた。
メイドに案内された場所は、広大な屋敷の一画にある鉄壁の防御を誇る離れだ。
屋敷の当主に認められた者でしか近づくことが許されない場所。
「どうぞ」
「ありがとう」
メイドの案内も途中まで、そこからは彼……エルダー・フォン・ルーセフルトは1人で向かう。
ルーセフルト家の未来を誘う象徴が置かれている場所だ。
厳重なのは分かるが、こうも厳重過ぎると息が詰まる。
彼は軽く襟元を緩め、普段と変わらずに扉をノックする。
返事などは特に得ず、自ら扉を引いて開けた。
中に居るメイドは特別な教育と洗脳を受けた者たちだ。エルダー自らが施した試験体でもある。
彼女たちに自分の意思など無く命じられれば迷うことなく命を絶つ。
人形にしか見えないメイドから視線を外し、彼はいつも通りに武器を隠していないかの確認を受けた。
《過保護すぎる。もう少しどうにかしないと……》
全身を隈なくメイドたちに触られ、彼はもう1つの扉を開けて中に入った。
部屋の真ん中には大きなベッドがある。天井には埋め込み式の窓があり、分厚く簡単に破ることの出来ないガラスがはめられている。自然光を取り込んでいる室内であるが、何とも言えない暗さを覚える。
そして部屋の主である彼は……椅子に腰かけて天井を見上げていた。
「お久しぶりです。アルグスタ様」
「エルダーか」
チラリと目線を寄こし、アルグスタと呼ばれた少年はつまらなそうに鼻で笑う。
「檻の中に閉じ込められている阿呆な鳥を見に来たのか?」
「似たようなことですね。今日は一応本来の仕事をしに来ました」
青年の言葉に少年は、増々つまらなそうな顔をする。
「……教育係か。お前からこれ以上何を学べば良い?」
「そうですね。自分は交渉ごとに秀でた者ですから、それに準ずるものでしょう」
「面倒臭い」
言って彼は椅子から立ち上がり、従兄弟である青年の前に立つ。
「だったらお前を雇えば良い。違うか?」
「それも1つの答えでしょう。ですがご自分が出来ないことを部下に任せるのは大変に危険です」
告げてエルダーは薄く笑う。
「貴方の御祖父様のように、いつ裏切るか分からない部下ばかり抱え込むことになります」
「ならば怪しい者を全て殺せば良い。それで解決だ」
「ええ。ですがそれは暴君の発想。国王となる者が抱いてはならない考えです」
「一番偉いのにか?」
「ええ。清濁併せ飲み込む度量が無ければ国王など務まりません」
恭しく一礼をする彼に少年は笑う。
「ならば裏切るかもしれない者を抱える祖父は国王の器があると言うのか?」
「ございませんね。彼は清濁の濁りのみを抱えています。自分に対して都合の良いことを言う者ばかりを傍に置いて、戒めの言葉を言う者を遠ざけ排斥する。
ルーセフルトは近い将来王家の者たちの手により潰されることでしょう」
「そうなるか?」
「間違い無く」
はっきりと告げる従兄弟に、アルグスタは大きく頷いた。
「どうやらお前は我が一族に害する存在らしい」
言い捨て彼はパンパンッと手を叩いた。
部屋の隅に隠れるように配置されているメイドたちが動き出し、その手には短剣を握る。
「祖父の行いを糾弾するお前は清濁の清なのであろう。だが我が一族内に居てはならない存在だ」
「そうにございますね」
「……始末せよ」
命じるとメイドたちが四方より駆け寄りエルダーに短剣を突き立てた。
四方からメイドに詰め寄られた従兄弟の様子を見つめ、少年はつまらなそうに息を吐いた。
「……面白くも無い」
「暇潰しで殺されそうとなった自分としては背筋に冷たいものが走りましたが?」
「この程度でお前が死ぬものか? 幻術の魔法使いであろう?」
「これはあくまで最終手段。自分の手の内を晒す魔法使いは阿呆にございます」
メイドたちに貫かれた青年の姿が消える。するとアルグスタの横にエルダーは姿を現した。
メイドたちは命令続行と青年に対して体を向けるが、駆け出す前にアルグスタが口を開いた。
「邪魔をするな。床に転がっていろ」
命じられメイドたちは床に転がる。それを見つめ少年は従兄弟に顔を向けた。
「僕はこのメイドと大して変わらん存在だな」
「ええ。仕方ございません」
優秀過ぎる鳥籠の中の王子は、暇を持て余した存在だった。
~あとがき~
衝撃的な事実を1つ。この時点でアルグスタはシュニット以上の知恵者です。武のハーフレンには全く敵いませんが、知であればシュニット以上なのです。
…作者なのに信じられない言葉だわw
(c) 甲斐八雲
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