能力はあるのだな?

「ハーフレン様」

「何だ?」

「……」


 何も言わず近衛団長の副官であるコンスーロは上司の机に1枚の紙を置く。それに視線を向けたハーフレンは、苦笑にも似た笑みを浮かべた。

『転属願』と書かれたそれには、近衛魔法隊への配置転換を願う者の名前が書かれていた。直筆のサインでだ。

 一応魔法隊所属なのに、この様な書類を提出してくるのは……相手なりの不満の現れだ。


「無視しておけ。あれが抜けたら、誰があの山のような資料を整理する?」

「でしたら王妃様の所から密偵となった者たちに任せれば宜しいでしょう。彼ら彼女らは能力も高く、何よりこの国に対しての忠誠心は高いです」

「だからこそ最前線で頑張って貰うのだろう? 恩義で縛り付けているやり方は好きじゃ無いが、それでもアイツ等は育てて貰った恩を返そうと必死だ。必死だからこそ喜んで死地に向かう」


 故にユニバンスの密偵は優秀なのだ。

 多くが現王妃ラインリアが集め育てた孤児たちだ。食べることも寝る場所さえも無かった生活から救い上げてくれた王妃……王家に対して深く深く感謝しているからこそ生じる忠誠心は決して揺るがない。誰もが命じれば笑って死んで行くのだ。


 ただそんな過去と決別させたいと願うハーフレンとしては、現状あまり面白くないのも事実だ。

 南部に派遣している密偵たちは少なからず数を減らしているからだ。

 任務中に死んだ密偵など人としての扱いを受けない。必要なら味方に殺されその顔から身バレしないように毒性の強い薬で顔の皮膚を溶かし潰すのだ。


「南部調査から人員を減らすことなど出来ない。フレアにはもうしばらく書類の山に埋まってて貰え」

「……畏まりました」


 主の本意が別にあることを理解し、コンスーロは大人しく引き下がる。

 仕事を抱え出て行った副官の背を見送り、ハーフレンは腕を組んで天井に目を向けた。


《あの能力は捨てがたいが、魔法隊に戻して実戦などさせたくない。アイツはブシャールでのことを決して忘れていないはずなんだ。何かあって施した魔法に不都合が出れば……》


 ガリガリと頭を掻いて、彼は立ち上がると執務室を出た。




「王子がこちらに来るのも珍しい」

「そっちも後始末で大忙しだろう?」

「ええ。ユニウの後片付けが終わったと思ったら、軍の関係者が秘密裏に作られた施設の関係者だったとか……また頭から調査をし直している最中です」

「近衛も似たようなもんだよ」


 ハーフレンが気軽に話をする相手は、ユニバンス王国の国軍を預かる最高司令……大将軍シュゼーレだ。

 シュゼーレとは昔から面識があり、何より彼の元で働いたこともあるハーフレンとすればくみしやすい相手だ。

 相手も同じように思っているのか、2人で会えば格式ばった礼儀を忘れ気軽に話せる。


「それで互いに問題を抱えていると理解しているのに……近衛団長はいかなる用事で?」

「ああ。実は人材を譲って欲しい」

「無理を言いますな」


 流石の大将軍もその顔を苦しそうに歪める。どこも人材不足で苦しい状況なのだ。


「無理は承知だ。でも現在近衛は魔法使いの数が絶対数足らない。一番の問題は魔法隊を預けられるほどの能力を持つ者が居ないことだ」

「それは問題ですな」


 紅茶の準備をし、向かい合うように座ったシュゼーレも腕を組む。


「ですが近衛にはあの処刑された魔女の弟子が居るはずでは?」


 誰もが知る事実だ。それ故にハーフレンとしては気心の知れた彼の元に来たとも言える。


「あれは魔法隊から外す」

「理由は?」

「クロストパージュ家の者を要職に付け過ぎるのは周りからの反感を買う。あの家の者がいかに優秀でも他の貴族たちも面白くは無いだろう?」

「そうですね」


 一般の出であるシュゼーレとしては、大将軍になってから知った貴族たちの裏側の酷さには辟辟していた。

 それなりに理解していたと思っていたが、大貴族たちの嫉妬ややっかみはたちが悪い。


「誰か居ないか?」

「魔法使いに関しては……例のあれもあって正直」

「分かっている」


『あの日』と呼ばれる新年の出来事で、魔法を使える多くの者が死んだり罪人として処刑されている。

 極度の魔法使い不足……それが現在ユニバンス王国が抱える一番の問題なのだ。


「ああ。1人居ましたな」

「本当か?」

「ええ。能力は決して『あの日』の者たちと引けを取らない逸材です」

「……」


 それ程の逸材を何故譲る?

 黙りジッと見つめるハーフレンにシュゼーレは軽く肩を竦めた。


「能力は、です」

「つまり他に問題があると言うことか?」

「はい」


 迷うことなく頷いたシュゼーレは言葉を続けた。


「まず協調性がございません。仕事に対する真剣さも無い。目上の者や上司などに対して配慮も敬意も無い。起す問題は脅迫してやり過ごす。口癖は『働きたくない』です」

「それは本当に酷いな」


 逆に言えば良くそれ程の問題児を放逐せずに残していたとも思う。


「ですが本当に能力だけは優れています。何かの間違いで人間性が育ち落ち着けばと置いておきましたが」

「……成長の見込みは無いと言うことか」

「残念ながら」


 本当に落胆した様子で首を振る大将軍にハーフレンは興味を覚えた。


「少なくとも能力はあるのだな?」

「ええ。ですが本当に遠慮も無いので、外に出る仕事はしたくないなど不満ばかり申します」

「だったら一度会おう。それでどうにか扱えるようならその問題児を近衛で引き取る。問題はあるまい?」

「ええ。こちらとしてはあれを野に放って問題を起こされないのであれば、喜んで近衛に譲りたいと思います」


 人格者であるシュゼーレにここまで言わせるのだ、余程酷い人物なのだろう。


「一度近衛に来るように……否、今から会いに行こう。それでも良いか?」

「構いません」


 厄介払いが出来そうな感じだからが、シュゼーレが心なしか笑顔な気がするハーフレンだった。




~あとがき~


 毎日書類仕事で不満を訴えるフレアなのです。ですがハーフレンとしては彼女を有事の際は戦場に出る魔法隊に置いておきたくは無くて…で彼女に白羽の矢が立ったのです




(c) 甲斐八雲

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