あっこれダメなパターンだ

「もうそろそろね?」


 剣先で白い喉を横になぞり、ユーリカはノイエに傷を入れる。

 ジワジワと血が滲み……傷の治りは格段に遅い。


「これでくびをはねたらしぬでしょ?」

「……」


 激しい空腹と何より精神的な疲労でノイエの口は動かない。

 失血から来る虚脱感も重なり、虚ろな目でただただ相手を見つめるだけだ。


「もうしんでノイエ」


 ゆっくりと剣を振りかぶった所でユーリカはその音に気づいた。

 ガツガツと蹄が地面を叩き接近して来る音だ。


 その目をドラゴンの物に変化させているユーリカは、ギョロッと動かし音のする方を見る。


「……ガト! ナガト! 止まってみるのも必要かと! って前! 前! 前!」

「っ!」


 真っすぐ止まることなく突き進んで来た巨躯の馬に、ユーリカは体当たりを食らい吹き飛ぶのだった。




 遂にやりやがったこの馬……モロだ。正面からドーンだ。

 軽トラ以上の衝撃を食らった相手は吹き飛んで地面の上を転がって止まった。

 即死レベルの威力だよね? でもこれは全てナガトがしたことですから。


 前々から思っていたが、この馬はタマタマを取ってしまって騙馬にした方が良い気がする。

 昔おっちゃんも言ってたしな。タマタマを取られた馬は大人しくなるって。


 ピクピクと動いている桃色髪の……桃色?


 慌てて辺りを見ると、ナガトは最初から彼女の傍で立ち止まっていた。

 地面を赤く染め、衣服も赤く染め、全身に傷を得たノイエが……らしくないほど震えていた。


「ノイエ!」


 慌ててナガトから降りて彼女を抱き起す。


「ゆるし、て……ゆー」

「ノイエ。ノイエっ!」


 彼女の耳元で叫んで体を大きく揺すると、ノイエの虚ろな目が僕を見た。


「アルグ……さま?」

「そうだよ」

「アルグさま……」


 ブワッと涙を溢して彼女は僕に抱き付く。

 優しく抱き締め返して背中や頭を撫でてやると、ノイエは嗚咽と共に言葉を溢す。


「わたしが……殺した。ゆーを。ゆーを」

「……」

「わたしがっ!」


 泣きじゃくり抱き付いて来るノイエをもう一度抱きしめ返す。

 今回は僕が悪い。ユーリカが生きていて動き出していると気付いていたのに反応が遅れた。


 その結果がこれだ。


 ノイエは嘆き悲しみ、アホ毛まで半ばから折れてクタっとしている。

 何よりノイエが泣いている。


「ごめんねノイエ」

「ひっぐ……えっぐ……」

「大丈夫だよ」

「んっ……ぐすっ」

「僕は傍に居るから。ノイエの傍に居るから」


 そっと彼女を引き剥がしてその顔を覗き込む。

 避けるようにノイエが顔を背けるから、両手で頬を挟んでこっちに顔を向けさせる。

 とても辛そうで寂しそうな目は……ノイエの不安が見て取れた。


「大丈夫。何があっても僕はノイエの傍に居る。僕に何があってもノイエが居てくれるように、僕はノイエを決して離さない」

「……」


 スンスンと鼻を啜りこちらを見るノイエは、心の底から震えているのが分かる。


「ノイエが辛いなら、僕は君の傍でずっとこうして抱きしめててあげるから」


 ゆっくりと相手の背中に手を回して抱きしめる。


「だからノイエは気が済むまで泣けば良い」

「……」

「大丈夫。誰だって泣きたい時はあるんだから」

「……はい」


 僕の胸に顔を押し付けてノイエはスンスンと鼻を啜る。

 そっと彼女の背中を撫でていたら、視界にそれが映った。

 しれっと離れていくナガトと、立ち上がった桃色の……ユーリカの姿だ。


「ちょっと待っててね。ノイエ」


 上着を脱いで彼女の肩に掛ける。

 周りに誰も居なくてもお嫁さんの裸を晒しておくのは僕の何かが許さない。

 何よりあれを僕は許さない。


「ユーリカ・フォン・テリーズだな?」

「じゃまをするな……邪魔をっ……じゃまをするな!」


 全身をビクビクさせながら、歩いて来る相手が正直怖い。

 感電でもしているのか不安になるけど、何より彼女の顔の半分はドラゴンの皮膚だ。

 スィーク叔母様の言ってた通り、竜人化の実験体にされていたのだろう。


「邪魔をするよ。彼女は僕の掛け替えのない存在だ」

「ふざけるな!」

「ふざけてない。ノイエは僕の命だ」

「……」


 激しく全身を震わせ、彼女は手にする剣を大きく振りかぶった。


「ふざけるな! 口先だけでそんな言葉を!」


 頭を振って彼女は激昂する。


「ノイエは……ノイエは私の命だ! 私が命がけで護った存在だ! お前ごときがその言葉を口にするなっ!」

「ふざけてるのはどっちだ!」


 自然と怒鳴り返していた。


「ノイエが命だと? だったら何でその命をこんな風に傷つけている! 大切だったらどうしてこんなにも泣かせる! お前が本当にノイエを愛しているなら、苦しんでいるノイエを見てどうしてその剣を振りかぶっているんだ!」

「うるさいうるさいうるさいっ!」


 ブンブンブンッと剣を振って彼女はその目から血の涙を溢した。


「私はノイエを愛していたんだ。だから……だからあの日……その子を……ぐっ……ごふっ」


 口から血を吐きユーリカが前屈みになった。

 剣を握ったまま両腕をだらりと地面に向けて垂らしブラブラと揺らす。


「……ころす。ノイエもノイエをまもろうとするのも、ぜんいんころす」

「やれるもんならやってみろよ!」


 なろ~! 女性だろうが何だろうが頭に来た。絶対一発殴る!


「……ダメ。アルグ様っ」

「かかって来いよ!」


 背後からノイエの声が聞こえたけど、ユーリカは魔法使いだ。そんなに体術に優れているとか。


 フッと相手の姿がブレたかと思ったら……次の瞬間ユーリカが目の前に居た。


 あっこれダメなパターンだ。


 地面すれすれを通った剣先が僕の顔を目掛けて、


「啖呵を切るなら少しは鍛えろ。この馬鹿者が」


 後ろから突き出された棒の先端が、ユーリカの剣に突き刺さり僕の命を救ってくれた。


「まあ良い。ようやく出れた」


 僕を押し退けるように姿を現したのは赤毛のノイエ。

 間違い無く串刺しカミーラだ。




~あとがき~


 シリアスをコメディーにする主人公w

 安定のアルグスタクオリティーからのカミーラです!




(c) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る