効果的ではあるな

「言っている言葉が分からないわ。先生」

「おや? 君の理解力はこの学院で上位だと思っていたのだがね?」

「私が言葉を間違えたかしら?」


 赤毛の少女は、軽蔑を含んだ視線を師である学院長へと向けた。


「何処に学院生に女子寮のお風呂を覗くことを推奨する学院長が居るんですか?」

「ふむ。私の判断が間違っていると?」

「間違っているというか……気が狂っているかと」


 本当に容赦のない言葉にバローズは楽し気に笑う。

 彼の様子を見て読んでいた本を机に置き、少女……アイルローゼは頭を振る。


 自分の師であるこの学院長はどうも頭の何かが狂っているらしい。

 カラカラと笑った彼は、手近な椅子を引き寄せ腰かけた。


「ならば言葉を変えようか? 女子寮を他国。覗く者たちをこちらの密偵に置き換える。だったら?」

「それならば納得できます。ただ"他国"とて"敵"が来ることを理解し対策を講じることでしょう」

「それは当然だな。備えずに覗かれるのであれば自分たちの落ち度だ」


 弟子の申し出に学院長として大きく頷き返す。


「……なら先生」

「何かね?」

「これを授業の一環とし、時間を設けて行えば良いかと」

「つまり全員参加ですると?」

「はい」


 頷いた天才児は、その唇を微かに上げる。


「私が相手をしてしまえば負けることはありません。ですが私が参加できない時間があれば、相手とてそこを突いて攻撃するでしょう。ただそうすれば誰もその時間にお風呂に入らなくなる。それでは練習にはならない」

「ふむ。面白いな」

「ええ」


 笑いながらバローズは紙とペンを手繰り寄せ、授業内容を弟子と決めて行く。

 ある程度の内容が決まり……改めて彼は弟子を見た。


「お前が乗り気な理由を聞いても良いかな?」

「ええ。普段見れない魔法が見れるはずですから」

「なるほど。知的好奇心が求めるままに……自身の裸体を賭けの対象にすると?」

「はい。でも私が居る時は決して覗きを成功させませんが」

「あはは。大した自信だなアイルローゼよ」


 取り決めが決まった紙を畳み、バローズは絶対の自信を覗かせる弟子を見た。


「ならば用心することだな。男子にも女子にも劣らない優れた者たちが居るのだから」

「それは……私が少しでも楽しめれば良いのですが」


 笑うアイルローゼは、やはり自身が覗かれるとは微塵も考えて居ない様子だった。




「何よこれ?」


 誰の呟きか分からなかったが、その張り紙に女子寮に住まう者たちが凍り付いた。

 試験的に導入される新しい授業……それはお風呂を覗く男子を女子が迎撃する内容だったのだ。


 直接攻撃は体を損壊する魔法や死に至らしめる魔法、大怪我を負わせる魔法などが禁止で……後は建物に対しての破壊を促す魔法も禁止されている。後は男女共に魔法の使用は自由で、前後半の時間帯に必ずお風呂に入ることが義務づけられていた。

 勿論体調が悪い時などは申告制で入浴の自粛は可能だが、何日も続くようなら医師の診察を受けることが明記されている。仮病の場合は成績に反映するとも。


 一方的に女子が不利を被る内容に思えるが、それは飴と鞭だ。女子生徒たちの防衛が成功の場合は特別報酬として翌日の食事にお菓子が配られる。


 張り紙を覗く女子たちは一応に首を傾げて思案する。

 裸とお菓子を天秤にかけて……どう考えても裸の方が重い。重すぎる。


 女子から出た激しい不満に対し、学院長はお菓子の増量と少額のお小遣いを確約させられるのだった。




「……気乗りがせんな」

「何を言うかキルイーツ! これは授業であり戦いだ!」

「私が戦場に行く場合は従軍の医者だろう。こんな密偵行為はしないはずだ」


 何より大々的にやらされることが彼としては面白くない。

 隠れて覗き観察する。それが彼の流儀なのだ。


「まっ私は好きにやらせて貰う。付いて来れる者が居るなら勝手について来るが良い」


 元々単独行動を好む医者はそう言い残し他の生徒の輪から抜けて行った。

 残された学院生たちは、『隊長』と呼ばれるポーパルを中心に作戦を練る。


「やはりここは遠距離の魔法で覗けば良い」

「しかし"望遠"の魔法など相手も対策して来るだろう?」

「お前ならどう対策する?」

「それは……なんだあれは?」


 話し合いをする学院生男子たちはそれに気づいた。女子寮のお風呂場から湯気が立ち上る様をだ。

 それを見つめた男子生徒たちは、あれをどうにかしないと風呂を覗けないと気付かされたのだ。




「湯気か。効果的ではあるな」


 女子寮のお風呂場から溢れ出る湯気を見つめてキルイーツは鼻で笑う。

 良い作戦だがあれは悪手だと気付いたからだ。


 たぶんしばらく待てば……案の定湯気が止まった。

 普段閉じられている扉まで開いて湯気を追い出し始めている。


 キルイーツは気付いていた。

 湯気を作り出すために風呂場内の気温が上昇し、中が蒸し風呂になったのだろうと。


《ならここは彼女の魔法を使うとしよう》


 それは赤毛の天才児から借り受けた魔法。自身が使っていた登攀の魔法を渡す対価に得た魔法である。

 ゆっくりと魔法語を紡ぎ彼は辺りの景色と同化して姿を消した。




 初日は後半戦の参加となったアイルローゼだが、前半戦は女子が負けたと聞かされていた。

 望遠の魔法対策に湯気を使いある種自滅したらしい。


 何より前半戦にはあの医者が参加していた。それを聞いてアイルローゼはなぜ負けたか理解出来た。

 きっと彼は姿を消して空気を入れ替える為に開けられた扉から中に入り、手が届く距離で覗いたのだろう。そして定められている文字……男子の覗きが成功したという証になる女子たちが定めた文字を読み取り出て行ったのだ。


《望遠対策に湯気を使うのは間違い。なら》


 迷うことなくお風呂場へとやって来たアイルローゼは、自身の魔法で窓を黒く塗り潰した。

 反則とも言える行為だが、禁止されていなかったので……その日の彼女たちはゆっくりと湯を楽しむことが出来たのだ。

 ただそれを成したアイルローゼは、同性愛者で有名なミャンに襲われそれどころでは無かったらしいが。




 決まり事を色々と変更しながらも男女の争いは数年にも及び続いた。

 そのお蔭で新しい密偵用の魔法が数多く作られ、ユニバンスの密偵はとにかく質の良い魔法を使うと隣国に広く知れ渡ることとなった。




~あとがき~


 大丈夫か? この学院長はw

 まあ必死に覗こうとする男子たちは偵察に使える魔法を改良しまくって挑み続けることとなります。

 ですがアイルローゼの壁は分厚く決して破れません。途中から一緒の入浴を拒否されたミャンが男子側に回り覗こうとしようとしたりしましたが…その話は割愛でw


 今回の学院編は時間軸を気にせず全体的に続き物な感じで書かれています。

 だから突然過去になったり先に進んだりと忙しいですが…作者としても色々と実験したいお年頃なのですw


 最後までお付き合いのほどを。




(c) 甲斐八雲

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