アルグ様……どこ?
「……」
貰った茄子で精霊馬を作ってみた。
馬だけど牛だ。何故これが牛なのかずっと疑問ではあるが。
馬の方だってキュウリだよね? 緑の馬って何でしょう? 僕が知らないだけで昔の馬は緑だったのかな?
そんなことを思いながらぼんやりと机の上の牛を見る。
確かこれって馬で急いで迎えに行って、帰りは牛でゆっくり帰って貰うんだよね? 在宅時間は決して伸びない気がするんだけど……だったら両方馬で良くない?
「アカン。暇すぎて馬鹿なことばかり考えてるわ」
いつも通りのはずなんだけど、どうも思考が脱線する。
前までは『暇だわ~』とか言いながらも一日ダラダラと過ごせたのに。何かある日を境に変になったな。
「つまり甲子園の決勝が悪かったんだな。見なかったぐらいで大人げない」
不満を口にして縁側へと出る。
蚊が来ると厄介だから外に出たく無いんだけど、家の中よりか外の方が涼しいから仕方ない。
縁側で内輪の風を浴びながらのんびりしていると、玄関から物音が響いて来た。
「ただいま」
「お帰り~」
「電気を消してどうしたの?」
「蚊の奴が来ない為の対策?」
「蚊は明かりじゃ無くて人の呼吸で集まるそうよ」
つまり呼吸を止めないとダメって言うことか。ふざけた生き物だな。
視線を家の中に向けると、居間に来た母さんは机の上の牛を見て笑っていた。
「上手に出来たわね」
「お盆の時期は過ぎてるけど」
「良いのよ。こう言うのは気持ちなんだから」
クスクスと笑って牛を両手で掬い持った母さんが仏壇へと向かう。
「貴方。匠が帰りの乗り物を作ってくれたわ」
「行きの乗り物を忘れたから今年は来てないんじゃないの?」
「大丈夫よ。あの人は走ってでも来てくれるわ」
それだったら確かに帰りの乗り物は必要か。
行きも徒歩。帰りも徒歩では父さんも辛かろう。
チーンと御鈴が鳴って、線香の匂いがして来た。
「さて……今日の晩御飯は何が良いかしらね?」
「野菜が腐る前に処分できる料理で」
「……2人なのに頂き過ぎなのよね」
「皆が親切だからね」
母子家庭のうちは本当にご近所さんが良く物をくれる。
お陰で色々と救われるのですが、量が多過ぎて大変な一面も。
「適当に野菜炒めと漬物と野菜のお味噌汁とご飯で良いわね?」
「動物かお魚的な何かが欲しいです」
「なら野菜マシマシの野菜炒めね」
本日の我が家の冷蔵庫の中には、動物的なあれは存在していないらしい。
立ち上がった母さんが台所へと向かう。
気のせいか……その後ろ姿が子供の頃よりも小さく見えた。
僕が育ったのか、母さんが縮んだのか。
「はぁ~。何だろう。やっぱり寂しい」
縁側に横になって愚痴を吐き出していた。
《……グさま……アルグ……》
「ふあっ!」
誰かに呼ばれた気がして、飛び起きて咄嗟に自分の隣に手を伸ばす。
誰も居ないのに誰を起こそうとしたんだ僕は?
丸まったタオルケットを撫で回す僕の姿は、末期の独り者でしかない気がする。
「うわ~。寝汗べっとりだ」
不快指数が鰻登りなので、布団から起きて着替えを済ませる。
洗い物を手に歩いて行くと……居間から明かりが漏れていた。
「母さん?」
「……」
襖を開けて覗いてみたら、机を枕に母さんが寝ていた。
毎日のように仕事をして疲れて居るんだろう。
自室に運ぼうかとも思ったけど、起こしてしまうのは可哀想だ。
着替えたシャツなどを洗濯籠に放り込み、母さんの部屋からタオルケットを持って来る。
眠っている母さんの肩にかけて明かりを消してその場を離れる。
「母さん……」
感謝の気持ちを込めて口を開こうとしたら言葉が詰まった。
どうして? ただ感謝するだけなのに?
何となく言いたい言葉を言えず、頭を掻いてその場を離れる。
自分知らない間に母親に感謝の言葉も言えない子になってました。
「ねえ匠」
「はい?」
「最近どうかしたの? うわの空でゴロゴロして」
「ん~」
午後から半休を得た母さんが珍しく家に居る。
普段ならスーパーのレジ打ちをしたり色々とやっているのに珍しい。
「何だろう。何か凄く寂しい感じに襲われてます」
「何よそれ?」
「良く分かんない。体の半分を失ったかのような……そんな感じです」
「そう」
苦い笑みを浮かべて母さんが僕に生温かな視線を向けて来た。
「失恋したのね」
「始まってもいない恋を終わらせないで!」
「でも感覚的にはそんな感じよ?」
「だから相手が居ないって」
「……片思いが終わった?」
「最近見た異性は、おっちゃんの所の牛の花子だけです」
「牛に恋したの? 仏壇の牛は花子ちゃん?」
「……遊んでるでしょう?」
クスクスと笑って母さんが素直に頷いた。
「酷い母親だ」
「ごめんなさいね。匠とこんな話をする日が来るなんて思わなかったから」
「ぶ~。だったら仕返しをします」
「仕返し?」
「うん。母さんはどうなの? 良い人とか居ないの?」
「私は……居ないわ」
きっぱりと母さんが言い切る。
「そうなの?」
「ええ。『ちょっといいかも』と想うことはあっても、私にはあの人が居るから。だから十分なの」
「でもまだ若いし、再婚しても良いと思うよ? 父さんだって怒らないよ?」
「でしょうね。でも無理なのよ」
「無理なの?」
「ええ。だって私はあの人のことが好きで好きでたまらないの。死んでしまった今でも私はあの人が大好きで愛しているの。だから無理よ。他の人を好きになるなんて出来ない。私にとって『あの人が全て』だから」
ズキンと胸が痛んだ。
呼吸が乱れ、余りの痛みに胸を押さえた。
「どうしたの匠?」
「うん。母さんの年甲斐も無い発言に息子は大ダメージです」
「……言ってなさい。貴方も本当に人を好きになったらこの気持ちが分かるわよ」
照れ隠しか恥ずかしくなったのか、母さんは怒った素振りを見せて居間を出て行く。
僕はその背を見送って……何か思い出せた気がした。
《アルグ様……どこ?》
~あとがき~
ノイエの居ない生活に違和感しか覚えない匠くん。そして彼女は必死に彼を探しています
(c) 甲斐八雲
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