だから消すわ……それだけよ
「アルグ様。大丈夫?」
「ちょっと疲れたかもね」
「はい」
ベッドの上でゴロリとなって動きたくないを全身から醸し出すと、ノイエは隣りに座って僕に抱き付くよう横になった。
「ギュ~」
「うん。良い感じです」
「ぎゅ~」
「優しい感じで良いです」
「ん~」
二度の抱き付きからキスになったけど、ノイエにしたら我慢できた方だ。
流石に色々と密度と言うか……気も体も休まる暇が一日も無かったので限界なのです!
お城に行けば山のような後始末が待っているし、家に帰ればお嫁さんとその中の住人の貪欲な何かと向かい合わなければいけない。
もう無理! いくら僕でも死んでしまうっ!
だから本日はお城にも行かない。何より部屋から出ない。
一日ゴロゴロとして怠惰に過ごしてやるんだからなっ!
「ふぁっ!」
「あら起きたの?」
「あれ? 何が起きたの?」
「……頭は大丈夫? 悪いのは知ってるけど」
目を開いたら隣で座り本を読む先生が居た。
あれ? 記憶が変だな……たしか今朝は引き籠ってベッドでゴロゴロして。
「今はどれくらい?」
「太陽が一番高くにあるわ。随分と疲れていたのかグッスリ寝ていたわ」
「そうですか。って何故口の周りがベタベタするの?」
「拭きわす……寝ている貴方を見て構って欲しかったノイエが舐めていたわね」
「何それ? 物凄く可愛い姿を見逃したぞっ!」
起きてベッドサイドに置かれているタオルで口の周りを拭く。
少し顔を紅くした先生が僕から視線を外しているのは、呆れ果ててのことだろうか? でもノイエが勝手にやったんだから僕が悪い訳でもない。
「何か久しぶりにいっぱい寝た気がする」
「そうね」
「……そっちは大丈夫? まだ順番待ちしてる?」
「レニーラがさっきまで居て『外に出せ~』と騒いでいたけど、今日は読書したい気分だったから相手にしてないわ。残りは各々魔力切れで休んで居るはずよ」
「うっし! これでしばらくはノイエだけのはずっ!」
心の底からガッツポーズを繰り出した。
流石に毎晩ノイエからの~では死んでしまう。この齢で燃え尽きてしまう。
ハーレムを望む人が世の中には居るらしいが、僕からしたら止めておけと言いたい。だって本当に毎晩なんだよ? 休まらないんだから。
「で、馬鹿弟子」
「はい?」
「……何を希望するのよ?」
「何をって……何がですか?」
ギラッと怖い視線を向けられたので、ベッドの上で土下座へ移行。
呆れた感じのため息が聞こえて来たから顔を上げて先生を見る。
「フレアを助けてくれたでしょう?」
「えっあっはい」
「だからお返しよ。何が欲しいの」
「……」
本を畳んで座り直した先生が真っすぐこっちを見た。
「私に出来ることなら何でもしてあげるから……言いなさい」
「あっ……だったらたまにセシリーンさんを外に出してあげてください」
「それは向こうから脅され……お願いされたから心配しなくても良いわ」
「……」
はて? 今先生が珍しく噛んだのか変な言葉が聞こえたような?
そうなると先生にお願いするようなことって……特に無いんだよね。
「ノイエに気づかれずに中の人を呼ぶ方法が欲しいとか?」
「セシリーンが近くで根付いたから、ノイエの『遠耳』を切断して気づかれないように呼べばどうにかなるわ」
「あの人って本当に人間ですか?」
「……異常者よ。あの耳は絶対に狂ってるわ」
リアルチートなセシリーンの耳には流石の先生でも納得できないご様子ですか。気持ちは分かるけど。
「そうなると特に今すぐお願いしたいこととか無いんですけど?」
「……そうなの」
「…………はい」
あれ? 選択肢間違ったかな? 先生が物凄く冷ややかな目を向けて来るんだけど……あれ?
ずいっと迫って来た彼女に土下座スタイルの僕は逃げ出せず、頭突きを食らいそうな距離で正面から向かい合った。
「……貴方のことだから私まで手を出すのかと思ったわ」
「滅相も無いです」
何それ? あり得ないでしょ? 先生に命令してエッチなことをするとか……あっちょっとしてみたいかも。逆らえない絶対的な君主に対してウフフなことをいっぱいして、蔑まれながらとか良いかもしれない。
ただ終わった後のことを考えようか? たぶん色んな意味で終わるから。
「先生とは今までの感じで良いです。本当に」
「…………そう」
「はい。だったら僕が本当に困った時に無条件で助けてくれるとかどうですか?」
「……それで良いのね?」
「はい」
「分かったわ」
納得したご様子で先生が元居た位置に戻り、不機嫌そうに座って本を読み出した。
あの~。めっちゃ怒っていらっしゃる理由は?
「……実は襲われるとか思って色々とお考えに?」
「殺すわよ」
「ですよね~」
藪蛇したので僕の土下座は継続となった。
「あらあら……アイルも可哀想に」
「煩い」
「日頃の行いよね。そう言う対象として見て貰えないのは」
「煩い化け物」
隅で腰かけ柔らかく笑うセシリーンの声に、憤慨した赤髪の女性が髪を振り乱し歩いて行く。
今日の為に色々と覚悟を決めていた彼女は……またの機会に頑張れば良いことだ。
静かになった場所でセシリーンは外に耳を向けてゆっくりとした時を過ごす。
この中には時間の概念が無いのか、寝ようと思えばずっと寝ていられる。こうしてずっと外の音を聞くだけでも過ごしていられる。
悪くは無いが、いつ終わるのか分からないこんな生活に不満や不安を抱く者も確かに居る。
「ディア?」
「ええ」
「どうかしたの?」
「ちょっと外に用があるだけよ」
「そう」
アイルローゼが出て行ってからしばらくして、やって来たのはグローディアだった。
ただその音が、彼女が発する心音が、激しい雑音が混ざっていてセシリーンは眉を寄せた。
「何を企んでいるの?」
「ちょっとね」
「だからディア。何うぉっ」
風が喉に触れセシリーンは自身の口から言葉を失う。
まさか自分に対して物理的な攻撃を仕掛けて来るとは露ほど思っていなかったセシリーンの油断だ。
「貴女が騒ぐと出来なくなるから今だけ黙ってて」
「はぁひぃを」
擦れた息が発する音は声にはならない。
だからグローディアは、床に伏している歌姫から視線を外した。
「あれは厄介なの。だから消すわ……それだけよ」
~あとがき~
一応本編なのですが番外編っぽく見えるかも?
Q・アルグスタが寝ている隙にアイルローゼは何をした?
A・キスの仕方が分からず試行錯誤を繰り広げましたw
やる気だった先生はお預けを。そしてグローディアの暴走が……遂に始まる
(c) 甲斐八雲
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