本当に厄介な夫婦だな
「……」
「落ち着きなさいませハーフレン様」
「分かっている。分かっているぞ」
「……」
終始貧乏ゆすりをして震えている主人を見つめ、コンスーロは自身の背後に居る重装歩兵と共に彼を執務室に監禁すると言う任務を実直にこなしていた。
事前の話し合いではフレアの処遇はそんなに重くならないこととなっていた。
どこかの誰かが暗躍しまくって『フレアは王都に居なかった』と『襲撃者は偽者』が既成事実となっている。そうなれば彼女の罪は、騎士らしからぬ振る舞いだけだ。
上司の許可を得ずに勝手に休み、新領地にも行った。
出奔したと周りから言われても仕方ないことだが、そこは常識の通じないオーガのトリスシアが『暇潰しに連れて行った』と言っているので判断が別れる。
この件に関しては事前に彼女の主人であるキシャーラから正式な謝罪をシュニット王が受けている。
『もう少し一般的な行動を……教えるように努力すべきだな』とシュニット王は苦笑しながら自分に言い聞かせるようにそう告げたらしい。
恐ろしいくらいに裏から手が回されている。
つまり残されているのは、それらの邪魔しないで我慢していろと言うことだ。
自身の主人は……チラリとその姿を見て内心でコンスーロは息を吐いた。
今にも彼女の元に走っていきたい様子の彼は、ある意味子供の頃の姿にも見える。
一時期の恐ろし過ぎる気配などは消え、良い意味で丸くなったのだろう。
「男臭っ! 油臭っ!」
「アルグかっ!」
「うい」
重装歩兵たちが纏う鎧には錆びないように油が擦り付けられている。そのせいで室内が油臭くなっているのだが、誰もが鼻が麻痺していてその事実を忘れていた。
鼻を押さえて入って来た弟に、餌でも強請る犬のようにハーフレンが椅子を蹴り立ち上がる。だが鎧姿の部下たちに制され近づくことは許されない。
「全く……仕事しろ仕事」
「出来るかっ!」
「やれよ」
呆れて肩を竦める弟はやれやれ吐息を吐いた。
「大臣たちは全員黙らせた。フレアさんは予定通り騎士の地位をはく奪されて、不名誉な除軍と言うことになったよ」
「……そうか」
経歴から見れば最大の汚点が付いたとも言える。
それでも彼女はそれ以上の罪を背負わない。
「……悪かったな本当に」
「何よ?」
頭を掻いて椅子に座り直したハーフレンは、息を吐いてその顔に笑みを浮かべた。
「もっと早くにお前を巻き込むんだったな……後悔しっぱなしだ」
「へいへい。でも今回はリア義母さんのお願いだったから無茶したんだからね? いつもこんなに優しくして貰えると思うなよ?」
「ああ。分かってる」
「なら僕はこれで」
と立ち去ろうとした弟は足を止めた。
「そうそう。国王陛下がお呼びです。謹慎処分中の近衛団長様」
「分かった。伺うよ」
ニタニタと笑いアルグスタは執務室を出て行った。
「全く……嫌になるな」
「何か?」
片手で顔を覆う主人にコンスーロは声をかけた。
「出来の良い弟って奴は、本当に厄介な存在だな」
「はい。ですが頼もしくもあります」
「そうだな」
言ってハーフレンは立ち上がった。
「陛下の元に向かう。だから退け! 臭くてたまらん!」
いつもの通り軽口を発せられるほどに彼もまた通常に戻っていた。
私物を収めた手荷物を手に城を出たフレアの前に1台の馬車が停車した。
御者席を降りて来たのは……父親の執事を務めている古参の魔法戦士だった。
「フレアお嬢様。ケインズ様がお呼びです」
「はい」
開かれたドアを潜り馬車の中へと入る。
静かにドアが閉じられようとする時……そっと老執事の声がした。
「良くご無事で」
「……」
目を向けフレアは優しく笑う。
自分はこうも周りから愛されていたと知って、お腹の中の子がそうなればと願ってしまった。
背を向けて窓際に立つ相手の表情は何とも言えない物だった。
それを窓ガラス越しに見て……フレアは自身を『親不孝な娘』と胸の内で罵った。
「まあなんだ。話したいことは色々とあるが……こればかりは一貴族の当主として、立場上ちゃんとやらなければいけないことなのだ」
「はい」
王都の屋敷に案内されたフレアは、そこでしばらく振りに父親と再会した。
自分が避けて逃げていたこともあったが、久しぶりに見る父親はやはり少し老いていた。
「フレアよ」
「はい。お父様」
「今日を限りでお前は我が家の娘ではない」
告げてケインズは我が子を見た。
「フレアと言う娘は死んだこととし、今後この家との一切の係わりを禁ずる。良いな」
「はい」
正式な『勘当』を父親から言い渡された。
一度目を閉じ……フレアは泣いてしまいそうな自分に活を入れる。
好き勝手をし、我が儘だらけだった自分をここまで育ててくれた父親に、フレアはゆっくりと頭を下げた。
「今日までありがとうございました」
「お前のこれからに幸多からんことを願うよ」
「はい」
父親だった人の言葉にフレアは何粒が涙を溢してしまった。
「今よりお前に課した謹慎を解く。存分に働け。近衛団長よ」
「はい。数多くのご迷惑をおかけし……本当に申し訳ございませんでした」
ユニバンス王国で最も高貴な者が使う私室で、国王と近衛団長との会話を終え……2人の兄弟は向かい合うようにソファーへと座る。
「正直アルグスタが事務をしてくれた方が、近衛からの書類が滞ることなく届いて助かるのだがな」
「そう言ってイジメるなよ。兄貴」
「イジメではない。事実だ」
「分かった。しばらくは城に籠って真面目に働く」
ハーフレンとしては、謹慎が解けたはずなのに謹慎処分を下された気分になる。
そんな弟を見てシュニットは微かに笑った。
「本当に父上が言った通りアルグスタがどうにかしたな」
「ああ。アイツのあの人間離れした考えや行動力には驚かされるが、な」
「そうか」
シュニットは1枚の報告書を弟へと投げる。
テーブルの上を走って来たそれを掴み……ハーフレンは目を細めた。
「あの日アルグスタは王都から突如として消えた。ルッテの監視をすり抜けてな」
「……それとあの洞窟で発見された転移の魔道具か」
「そうだ。つまりアルグスタはあの場所に"呼ばれた"と言うことになる。誰がそれをした?」
「……ノイエしか居ないだろうよ」
答えてハーフレンは手の中の書類をテーブルに戻す。
「兄貴悪いが」
「それはならん。相手にどれほどの恩があってもそれを調べるのがお前の仕事だろう?」
「……だけどな」
「気持ちは分かる。だがあれが隠していることがこの国に害成す物であれば対処せねばならん」
やれやれと頭を振ってハーフレンは窓の外に目を向けた。
「アルグが何かを隠しているのか、それともノイエが何かを隠しているのか……本当に厄介な夫婦だな」
「確かにな」
2人の兄は、謎多き弟夫妻に何とも言えない表情を見せた。
~あとがき~
動き過ぎればその分ボロが出るのです。少しずつ周りにアルグスタやノイエの秘密が探られつつあります
(c) 甲斐八雲
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