滅竜

「……どうやら私はお前のことを甘く見ていたらしいな」

「最初から親切心で教えてやってたのにな」

「……」


 ギリギリと奥歯を噛み、バルグドルグは視線をアルグスタから背後のノイエへと移す。


 手前の青年ですらこれほど厄介なのに……彼女まで本当に強いとなると絶望的だ。それを理解して、彼は最後の仕込みを使うこととした。


「本当なら皇に献上するはずだったが仕方ない。産まれ出でよ! 闇の子よ!」

「いぃやぁあぁ~!」


 ノイエの脇に抱かれたフレアが絶叫する。

 全身から黒い煙のような物を溢れさせ、脇に抱えているノイエの表情が少し変化した。嫌そうにちょっとだけ眉間に皺が寄ったのだ。


(これで時間が稼げる)


 内心でニヤリと笑い、バルグドルグは逃げる算段を始めた。

 相手の言う通りこのままでは逃げるのも難しい。影移動も出来なくは無いが、たぶん移動している最中で妨害が入り失敗することが容易に分かる。

 今は確実に逃れ再起を図ることが大切だ。その為に折角手に入れた極上の闇を使ってしまうのは勿体無いが、自分が死ねば皇からの褒美を得られない。ならば迷わず使うのみだ。


 フレアの内で育て切った負の感情に自身の眷属を宿らせ凶悪な下僕とする。

 使いきりの兵器となってしまうが、あれほどの闇を抱えているなら強力な力を発揮するはずだ。


「さあ狂え! さあ憎め! さあ殺せ! お前の本性を晒して全員殺すが良い!」

「アルグ様。無理」


 流石のノイエですらフレアが放つ圧に負け彼女を解放する。

 地面に降り立ったフレアは、その黒い瞳から黒い涙を流し全身を震わせた。


「フレアっ! 確りしろ!」


 突然のことで駆け寄るハーフレンが彼女の振るった右腕の圧で吹き飛ばされる。

 信じられないほどの力を見せる彼女に……アルグスタは頭を掻いた。


「……奥の手がこれとか古典的過ぎるわ」

「言うに事欠いてまだ愚弄するか! だが打つ手はあるまいっ!」


 自身が振るうことの出来る最強の一手を使用したバルグドルグの叫びは必死だった。

 足掻く竜人を軽く見つめて……アルグスタは鼻で笑った。


「あるよ」

「……なに?」

「だから、あるよ」


 さらりと言ってのけ彼は、右耳の下を指で叩いて指示を出す。

 一瞬ノイエの髪が黄色くなりかけ……どうにか色が抜けた。


「観客が~多過ぎ~だ~ね~」

「喋らずやって」

「ほ~い」


 フワフワと揺れるように動くノイエが歌うように魔法語を紡ぐ。すると光の帯がフレアを包んで強制的に動きを封じて行く。

 魔力も何もかもが全く使えなくなったフレアは、棒立ちとなりそのまま帯に包まれる。


「なっ! 馬鹿な……」


 信じられない光景に流石の竜人も我が目を疑った。


「馬鹿はそっちだ。うちのお嫁さんは最強だと言ったろ?」

「褒め~るな~」

「黙ってなさい」


 お嫁さんの姿をした彼女の家族を注意し、アルグスタは完全に封じられたフレアの元へと歩み寄る。

 黒い涙を流す彼女に優しく笑いかけ……その頭を右手で掴み、自身の祝福を相手に向かい発動させた。


 ブワッとフレアの内から何かが破裂したように黒い煙が噴き出しそして消える。

 完全に意識を失った彼女を抱き止めたアルグスタは、妻の体を使っているシュシュに目を向けた。


「お礼はケーキで」

「ん~」


 フワフワとした動きが止まると、フレアを封じていた光の帯が消える。

 自身の意識と体を取り戻したノイエが一瞬辺りを見渡し、そして駆け寄って来るとフレアを奪い取る。


「ダメ」


 他の女性に触れていることが嫌なのか、微かに頬を膨らませノイエが拗ねた。


「もう可愛いなノイエは~」


 妻の頭を撫で回したアルグスタは、ゆっくりと竜人を見つめた。


「待っててやるから次の足掻きを見せろよ。もしかして今のが奥の手で最後だとか言ったら怒るぞ?」


 相手の言葉にバルグドルグは後退する。

 間違いなく彼は、彼こそが自分たちの『天敵』だと理解したのだ。

 仲間の言葉は間違ってはいなかった。ただドラゴンスレイヤーでは無くその夫が脅威だったのだ。


「何者だお前は?」

「僕? アルグスタ・フォン・ドラグナイト。とっても可愛いノイエの旦那さんで、ユニバンス王国の貴族です」

「違うっ! 何者なのだお前は! そんな力あり得ない! あってはならない力なのだ!」


 狼狽えてバルグドルグは叫んでいた。


 そう……自分の見立てが間違っていなければ、あの人の力は決して存在してはいけない力なのだ。

 自身の暗に対する光のような。


「騒ぐなよ雑魚が。あってはいけない力? それはお前たちから見てだろう? まっ僕としてもこんな力を押し付けられて困っている1人なんだけどさ」


 笑いアルグスタは腰の袋に手を入れ小石を掴む。


「僕はただの『ドラゴンスレイヤーの夫』です」

「ふざけるな! そんなことがあるか!」

「失礼だな……本当なのに」


 やれやれと肩を竦め、アルグスタは自分の祝福を小石に纏わり付かせた。


「まあそっちの言いたいことは分かるから……正しく言ってあげようか? 僕は『ドラゴンスレイヤーでドラゴンスレイヤーの夫』です。まっ"滅竜これ"でも食らって少し後悔してな」


 投げ捨てるように小石を放つと、バルグドルグの首から下が全て抉られ消失した。


「馬鹿な……あり得ん……」

「あら? 意外としぶとい」


 パンパンと手を叩いて、アルグスタは地面に転がって居る馬鹿でかい剣を掴む。

 その剣に祝福を使用して、頭を振って立ち上がった兄に差し出した。


「最後ぐらいどうぞ」

「ありがとうな」


 剣を掴んだハーフレンは、上段に構えて石の地面に転がる頭を見た。


「色々とやってくれたな?」

「あり得ない。あり得ない。あり得ない……」

「うるせえよ。とりあえず死んどけ」


 ズン! と頭の下の石まで切断し、竜人は消滅した。




~あとがき~


 《滅竜》がアルグスタの祝福です。文字通りドラゴンを滅する力を持ってます




(c) 甲斐八雲

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