出来ぬなら始末せよ

「っ!」


 辿り着いたハーフレンが見たものは、見間違えようの無い彼女の姿だった。

 違いがあるとすれば、瞳の色と絶対に着ないであろう黒い露出の多いドレス姿なぐらいだ。


 露出過多のお陰ではっきりと体型が分かる。故に彼は理解した。彼女が本物であると。

 影を操り炎の魔剣を振るうメイドと戦う彼女は、間違いなく行方不明となっているフレアなのだ。


 ギリッと噛み締めた奥歯が軋んだ。

 今直ぐにでも彼女の元に駆け寄りたい衝動を必死に抑え、ハーフレンは途中で追い抜きようやく来た部下たちに指示を出す。


「陛下の警護を。何かあったら体を張って盾となれ」

「「はっ」」

「ハーフレン」

「……はい」


 指示を出し次の行動へ……そう思っていた彼を制したのは、兄である国王だった。


「こちらに」

「……はい」


 渋々従いハーフレンは王の横に立つ。


「フレアで間違い無いな?」

「……自分より陛下の方が」


 一度見た人物の耳の形を覚えることで、数多くの名を覚える特技を持つ兄が見間違えるはずがない。


「お前に問うている近衛団長」

「……はい。その通りです」


 それでも確認して来たのは、『安易な行動に出るな』と言いたいのだろう。

 今下手に動けば、ハーフレンが国王襲撃の主犯にされかねない。


 現状誰もが知ってしまっている。近衛団長が部下であった元正室候補をどれほど探していたのかをだ。

 今さら何かあれば、知らぬ存ぜぬで誤魔化せなくなってしまう。


「案ずるなハーフレン」

「……」

「フレイアとて実の妹を殺めてしまうようなことはしないはずだ」

「はい」


 笑いながら魔剣を振るメイドの一撃が、フレアの首に直撃する。

 断たれはしなかったが勢いで吹き飛び、そこに追い打ちで魔剣の剣先を妹の顔面に叩きつける。


「……フレアの強化は変わらず強力だな」

「兄貴?」


 立場を忘れ、弟は兄に問うていた。


 流石に今のは手加減していたようには見えない。

 本気で殺しに行っているフレイアの様子に、ハーフレンは走り出したくなるのを必死に堪えた。


「たぶん殺しはしないはずだ。たぶん、な」


 そう告げるシュニットも僅かばかりか不安を覚えだしていた。




 見ている国王や近衛団長の思いも知らず、フレイアは本気で妹を殺そうとしていた。

 実家の家名に泥を塗った……などと言うつまらない理由などでは無い。


 やらなければやられるからだ。


 魔法に関しては天才的だと聞いていたが、目の前に居る相手はただの化け物だ。

 恐ろしいほどに強く何より硬い。全ての攻撃が彼女の強化された皮膚に阻まれ傷一つ入れられない。


 大振りをして相手との距離を取った瞬間、フレイアは必殺のもう1本を解き放った。

 威力は強いが魔力を込めるのに時間がかかるという難点と、何より複数回使用できないと言う弱点がある。しかし放たれればその力は強力だ。


 黒い槍を振りかざす妹の間合いに入り込んで、ナイフのような短剣を相手の腹に押し付ける。


(死なないでね)


 そう願い爆裂の魔剣を解放する。

 狙いとしては、相手が腹部を強化し、それでも爆裂の威力で吹き飛び……怪我でもして行動不能になれば上出来と思っての攻撃だった。


 そんなフレイアの意に反する現象が起きた。

 全ての影が彼女の腹部に集まり、爆裂の威力を相殺して行くのだ。


 目の前の妹が何を考えているのかは分からない。それでも影の大半が動き守りが緩まるのを見逃す姉では無い。

 炎の魔剣を片手で振るい、フレイアは妹の肩を打った。


 明確に自分の腕に伝わったのは、妹の肉を裂く感触だ。

 焼かれながら斬られ……傷を作った妹が、初めてその表情を苦痛に歪める。


(畳みかける!)


 爆裂の魔剣から手を放し、フレイアはもう片方の魔剣を両手で握り、力いっぱい振り下ろそうとする。

 確実に仕留められる間合いに……姉は妹の冥福を胸中で祈った。


「フレアっ!」


 響き渡った声に妹が反応した。

 また影が湧き、腕を伸ばすかのように魔剣の一撃をどうにか塞ぐ。


 フレイアはそれを見ていた。

 泣きながら視線を彷徨わせる妹の表情を。そして彼を見つけ安堵する表情も。


(普通では無いと思ってたけど……操られているのは厄介よ)


 再度魔剣を振りかざしフレイアは妹に向け振り下ろす。

 今度は確りと回避するフレアは、その目を"彼"に向けたままだ。


(なに?)


 耳に届く声は妹のもの。そしてその声は、


(狂わされて操られている)


 確信を得て再度魔剣を振るう。

 これでもかと魔力を剣に注ぎ、力尽きるのを覚悟で大きく強く振り続ける。


 傍から見ても優勢に見えるのはフレイアだろう。

 それでも腕に自信のある者は、彼女の方が劣勢であると理解していた。


 攻め手が無いのだ。


 必殺の一撃を封じられ、そして通常の攻撃も届かない。

 だからこそ彼女は、全ての魔力を攻撃に注いでいる。


 護衛の意図を察して騎士たちが動く。

 まず王を逃す。これこそ最重要事項だ。


「シュニット王」

「何か?」

「退避します。お急ぎください」


 警護の騎士に言われシュニットはこの場を離れることにした。

 ただ弟の暴発が怖いが、自身の地位が留まっていることを許さない。


「ハーフレン」

「……はっ」

「捕らえよ」


 弟から視線を外し、王は言葉を続けた。


「出来ぬなら始末せよ。これは命令だ」

「…………はっ」


 腹の底から絞り出した怒気を含んだその言葉が、弟の素直な気持ちなのだと……シュニットは理解しながら退避する為に歩き出した。




~あとがき~


 主人公が居ないと、Side Story並みに真面目になる不思議。この物語は主人公がコメディにしているのだと思います




(c) 甲斐八雲

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