この炎の魔剣に斬れぬ物は無い
「アルグ様」
「ん?」
「何処に?」
「うん。では説明します」
「はい」
お兄様が手配してくれた馬車に乗った僕らは、お城を出て王都の郊外へと向かう。
行き先はユニバンス魔法学院だ。
「これから学院に行ってノイエの魔力を使わせて欲しいんだ」
「分かった」
「で、実験するのは最近発掘された古いプレートなんだってさ」
「はい」
ただ今回の依頼には、色々と問題があるらしい。
まず発掘されたのがプレートのみ。発動する魔法語は解明中とか。
何よりこんな話を今の僕に持って来たのは、お兄ちゃんが僕が暴れる前に城から追い出したんだろうな。本当に苦労かけます。
ノイエの色が変わり赤くなった。
「先生ならプレートだけの物とかって発動出来たりするの?」
「流石に無理よ。でもプレートに書かれている魔法語を読み解けば、かなりの確率で出来るはず」
「なら今日は出来るだけ学院の方でのんびり過ごしたいから、最後にパパッとやってくれる?」
「それは構わないわ。ただ」
「ただ?」
一瞬視線を外に向けた先生が、ゆっくりと僕を見た。
「危ない魔法なら使わない。私が御せる範囲の物しか発動させない」
「その辺の判断は先生にお任せします」
「……そう。ならまた後で」
色が抜けてノイエに戻る。
「ノイエ」
「はい」
「まっのんびり行こう」
「はい」
現王シュニットの命令で、数名の騎士がハルムント領に派遣されることとなった。
決められた報告が無い以上、人員の派遣は決定事項だ。とは言え弟贔屓をしているように思われるのも国王としては宜しくない。
結果として近衛では無い騎士を派遣し、何かあれば近衛が動くことで話を纏めた。
「問題はハーフレンが頑な過ぎることか」
苦笑しシュニットは息を吐いた。
過去からのことを鑑みればその行動も頷ける。
それほどまでに彼女を愛しているのだから……兄としては何も言うことは無い。
自分とは違いそこまで一途に愛を貫ける弟たちが羨ましく思えるほどだ。
「次は?」
「はい。まず一度休憩をお取りいただき、それから政務の方を」
「分かった。ならっ」
シュニットの声が一瞬途切れた。
彼は黒い槍に胸を突かれて後方へと吹き飛ばされたのだ。
突然のことに反応で来た者は少ない。大半は理解出来ず辺りを見渡す程度だ。
「何が起きたっ!」
誰かの声に止まっていた時が動き出す。
「陛下はご無事か!」
シュニットと話していた秘書官が慌てて駆け寄ろうとした。
それは運悪く射線上に立つこととなり、飛んで来た黒い槍の餌食となった。
崩れ落ちる秘書官に近くに居たメイドが悲鳴を上げる。
突然の襲撃にようやく全員が自体の把握を終えた。
「騒ぐでないっ!」
凛とした声が響き、皆が声の主に視線を向ける。
床に座り込んでいるシュニット王は、自身の胸に手を当てながらもメイドの手を借り起き上がろうとしていた。
「敵が居るのだ。警戒し用心しろ」
「「はっ」」
警護の騎士たちも気を引き締め、盾を前に突き出し王の前で壁を築く。
支えるメイドの手から解放されたシュニットは、震える足でどうにか立った。
一撃で気を失うかと思うほどの衝撃だったのだ。まだ体の芯が揺れて足元がおぼつかないが、それでも彼は1人で立ち上がり、盾の隙間から槍が来た方を見る。
「誰であるか!」
「……」
影が揺れた。
シュニットの目にはそう映り、そして揺れた影が形を作る。
黒いインクを身に纏ったような見目麗しい女性。長い金髪が印象的で、そして黒い瞳が彼女の異常さを醸し出していた。
(フレア……か)
視認したシュニットは声こそ出さなかった。それでも信じられない衝撃に身が震える。
弟の元にあって『裏切り』とは無縁の存在であり、何よりその忠実な職務の姿は『騎士の鏡』と言ってもおかしくない。
魔法にも秀でてどこに出しても恥ずかしくない存在が……全身に影を纏って俯き加減に歩き出す。
(ハーフレンには悪いが……フレアの実力は本物だ)
故に迷わない。シュニットは肩越しに自身の背後に指示を出す。
国王の指示に一礼をし、ゆっくりと歩き出したメイドが……騎士たちの盾の間を過ぎ、向かって来る存在の前に立った。
「久しぶりに顔を出したと思ったら……中々笑える姿になってるわね」
メイドは軽く笑って自身の金髪を撫で払い、背負った長剣を抜く。刀身が赤い不思議な剣だ。
「だんまり? 貴女はいつもそう。都合が悪くなると口を閉じる。令嬢としては悪くないけど……"妹"としては可愛げが無いのよ!」
振りかぶった剣を、相手に目掛けて振り下ろす。
影を伸ばし受け止めようとしたフレアは、影があっさりと断たれるのを見て後退した。
「この炎の魔剣に斬れぬ物は無い。まあ私の魔法で強化してあるんだけどね」
クスクスと笑いメイドは剣先を妹へ向ける。
「優しいお姉さんが馬鹿な妹を懲らしめてあげましょう。さあ来なさいフレア」
「……」
ブツブツと呟き続けるフレアは、その言葉に触発されたかのように全身に纏う影を槍にして伸ばす。
迎え撃つメイドは長剣を振るって影を斬った。
「貴女が打撃で私に勝てると思っているの? このフレイア・フォン・ロアーネにっ!」
刀身から炎がほとばしる魔剣を振るい、フレイアは妹に襲いかかった。
~あとがき~
国王の近辺警護には優秀な人材が集まり努めます。結果としてあの家の姉妹が選ばれるのは当然です。ってロアーネ? あれ?
(c) 甲斐八雲
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