たぶん生存者です
会釈だけで通り過ぎるコンスーロに、フレアは軽く首をひねる。
彼だけは前と変わらずに自分に対して敬意を示してくれるからだ。
そんな人物が慌てる理由などそう多くない。
「どうかしたのですか?」
「丁度良いフレア」
「はい?」
軽く首を傾げる相手にハーフレンはやれやれと肩を竦ませる。
「馬鹿な団長が暴走して駆けて行った。俺たちも追うから仕度しろ」
「……魔法隊も出るのですか?」
「ああ」
椅子から立ち上がり軽く伸びをした彼が、壁に掛けられている大剣を手にするのを見て……フレアは何となく察してしまった。
彼があれに手を伸ばすと言うことは用心の為ではない。使う可能性が高いから持って行くのだ。
そうじゃ無ければ重いだけの荷物を彼が好きこのんで背負ったりしない。
「少数精鋭で向かう。危険と判断した時は王国軍の出動を要請するが……問題は」
「問題?」
「まっ兄貴がどうにかするだろう」
頷いてハーフレンは問題から目を背けた。
王国軍が動くとなれば資金的な問題が生じる。それと団長と副団長が不在となる近衛の状況を……後で小言を貰いそうだが、場合によっては団長は今回限りのお務めだ。
副団長として彼の雄姿だけは見ておいて損は無いはずだ。
「それで副団長。行き先は?」
「……」
当然の質問にハーフレンの動きが止まった。
言われてみると、コンスーロから具体的な話を何一つ聞いていない。
否。入室して来た時に彼は机の上に1枚の紙を置いたはずだ。
手を伸ばし確認する彼の様子に、フレアは内心で呆れながら頭を振った。
自分が離れてから彼の馬鹿さ加減に磨きがかかり不安になるのだ。
「これだこれ。旧ロイール領の山間部だな。ロイールって誰だ?」
「……ご自身の前任者ですよ。王子」
「そんな名前だったか。忘れてた」
カラカラと笑いながら、ハーフレンは手に持つ紙をフレアの胸元に押し込む。
無礼を通り越して問題行為でしかないそれに眉を寄せる程度で我慢出来るのは、彼女たちの付き合いがそれ以上だったからだろう。
「出発まで全て読んでおいてくれ」
「……コンスーロ様を置いて行くのですね」
「そう言うことだ。頼んだぞフレア」
「はい」
呆れながらもフレアは応じる。
彼の副官替わりを務めると言うことは、その傍に居れるからだ。
ハーフレンもまた同じ理由で彼女を傍に置こうとする。
2人とも……その気持ちを面に出さず居る。
『絶対に相手を護り切る』と。
手勢30人ほどを連れ、ハーフレンたちは南西部の山間地帯へと向かった。
旧ロイール領は、現在王家の直轄地になっている。
先の反乱で家を取り潰そうとした時に領主の権限で勝手に税率を上げ、重税に苦しんでいた領民が領主館を襲撃したのだ。
館に居た者たちも抵抗し、結果殺し合いが生じて領主館は焼け落ちた。
多くの領民が家族を失い、親戚を頼り別の領地へ流れる者が続出し、ロイール領は空白地となってしまった。
いずれ再開発する予定になっているが、現在財政が火の車であるユニバンスには無理が出来ないのだ。
「以上です」
「分かりやすくて良いな」
臨時で副官となったフレアの説明を聞きハーフレンは理解した。
国の財政までは余計な気もしたが……遠慮のないのが彼女だから仕方ないと諦める。
と、騎乗したままで待機していたハーフレンの前にローブ姿の小柄な人物が姿を現した。
一般の騎士が居る状況だとそのような姿になる最強の猟犬だ。
「見つけたか?」
「はい」
小柄な者が指をさす。山間のちょっとした辺りだ。
「あの場所に」
「分かった。お前は先行して調査しろ」
「はい」
らしく無いほど真面目だが、小柄の密偵もふざけて良い時とそうじゃ無い時を理解している。
やれやれと天を見つめ……ハーフレンは息を吐いた。
「雨が降りそうだ。さっさと片付けて保養所にでも寄って帰るか?」
「お仕事を。王子」
「はいはい」
彼女にそう告げられ……ハーフレンたちは走り出した。
「これはどう言うことかお聞かせ願いたい。近衛団長殿」
「……」
ハーフレンの声に近衛団長ドウリアス・フォン・グエルは何とも難しい表情を見せる。
彼が急いで駆けて行ったのは、手柄を独り占めする為では無く……その場での略奪が目的だったようだ。
だが事前に急行した密偵たちに証拠を押さえられ、そして第二王子であり副団長である彼の存在の前に団長は苦い言い訳を繰り返すしか出来ない。
「証拠の確保をしていたのだ」
「関係者を皆殺しにして?」
「歯向かったのだから仕方がない」
「ですが貴方ほどの腕なら殺さずに制圧できたはず」
「……私も老いたのだ。手加減が出来なかった」
だったら『その地位を下の者に譲れ』と言いたくなったが、自分が継ぐことになるからハーフレンとしては言いたくない。
色々な感情と一緒に苦々しい気持ちも飲み込み、ハーフレンはため息を吐いた。
「この件は全て宰相様にご報告申し上げます」
「……」
「残りの調査は自分が引き継ぎますので、どうぞ王都にお戻りください」
恭しく帰還を告げると、近衛団長は苦虫を噛み潰したような表情を見せて彼の前を過ぎる。
通り過ぎてしばらくしてから……ハーフレンは何か殴りたくなって視線を彷徨わせた。
丁度良い高さに皮の盾があったからそれを殴って、盾を差し出していたフレアに目を向ける。
「生存者は?」
「絶望的ね」
「あの馬鹿がっ!」
小銭を集める為に皆殺しなど言語道断だ。
「だが仕事はするぞ。生存者の捜索と関係資料の押収だ。資料から関係者を洗い出せるかもしれない」
「そうね」
指示を受けフレアが部下たちを少人数に分けて調査に当たらせる。
と、ハーフレンの足元に小柄な人物が姿を現した。
「主」
「どうした?」
「たぶん生存者です」
その言葉に全員の動きが止まる。
貴重な生存者……だが報告者の様子が明らかに変なのだ。
「何があった? 確かここには化け物が居るとか?」
「はい。ですが……あれが化け物の正体なら私の手に余ります」
現役最強の暗殺者にそう言わしめる存在に、ハーフレンはその者が居る場所に向かうこととする。
寄り添うように歩き出したフレアは、いつでも背中の武装を使用出来るように準備する。
辿り着いたのは屋外の演習場のような場所だった。
唯一存在している門が開かれており、促され入ったハーフレンはそれを見て眉をひそめた。
死屍累々という言葉を具現化したような場所だった。
折り重なるように死体がその場に転がり……唯一立っている存在が居た。
ポツリポツリと降り出した雨で、全身の返り血らしき物を洗い流す存在。
美しく儚く見えるのは、その存在が遠目で見ると雪のように白く見えるからだろうか?
警戒するように前に出たフレアを庇うように一歩進んだハーフレンの靴が地面を噛む。
その音に気づいたのか……白い存在が彼を見た。
本当に新雪の雪のように真っ白で、でもその目は赤黒い色を放つ女の子だった。
現在。ユニバンス某所
「本当にあれを連れ出すのですか?」
急の来訪に少々老いとくたびれた様子を伺わせる男が呟いた。
昔の彼を知る者が居たら心底驚くことだろう。
ユニウ要塞で消滅したはずの人物……ゾング・フォン・ロイールだ。
浅く椅子に腰かけて不安がる施設の責任者に来訪した者が柔らかく笑いかける。
「ええ。どうせもう使わない道具です。少しは役立つことでしょう」
「ならばここは?」
「ええ。廃棄する方向に」
内心安堵の息を吐いてゾングは相手を見る。
何故か手の中で短剣を弄ぶ、大陸北に住まう協力者だ。
「これが気になりますか?」
ゾングの視線に気づき彼は短剣を軽く掲げる。
良く使いこまれた無骨な一品だ。
「ここに来る前に白いドラゴンスレイヤーを仕留めようと思ったのですが、返り討ちにあってしまいましてね。自分への戒めで持って来たのですよ」
ニタリと笑い彼は短剣の刃を掴む。
力任せに圧を加え……ボキッと2つに折った。
「まあ生憎と頭に一撃食らったぐらいで死んだりしませんがね」
笑い彼は要らなくなった道具を捨てる。
「さて……ではあちらの"玩具"を解放しましょうか」
「……分かりました」
彼の命令に逆らえないゾングは鍵の束を手にして歩き出す。
向かう先は、施設に住まう化け物たちの練習相手だ。
あの日……ユニウ要塞から逃げ出す時に偶然見つけて部下たちに運ばせた。
頭が胴体から離れていたが、彼はそれでも動き続けていた。
だから拾いそして連れて来た。何かに使えると思ったのだ。
それから何度も怪しげな魔法を使い……あれは人の形をした化け物になった。
その昔、前線で"巨人"と呼ばれていた者だ。
~あとがき~
ノイエはハーフレンたちの手により保護されたのでした。
これからアルグスタと出会うまでの話は『白き少女(仮)』で綴られる予定です。
で、最後に本編に通じるフラグを立てました。
ゾングとミシュがブシャールで迎え撃った竜人との会話です。
そして"あれ"がまだ存在しています。それを連れ出すと言うことは?
本編をお楽しみに!
しばらくシリアスから解放されたい。
ですが悲しいことに今回の本編は結構シリアス風なんですよね。
シリアスに耐えられるのかあの主人公が? 自分も今から書くのがめっちゃ怖いですw
(c) 甲斐八雲
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