わたしが受けてあげる

「こちらになります。フレア様」

「……ありがとう」


 フラ~と微かに揺れながら歩く可愛らしい少女に、案内役のメイドは心の奥底から恐怖していた。

 普段は大人しく物静かなだけにその反動かとも思うが、相手の心中を慮れば納得は出来る。


 静かに開かれた扉を潜り抜け少女フレアは、相手の許可を得ずに室内へと入った。

 相手が薬で眠らされていると知っているからだ。

 ベッドの上で眠る彼は、顔や腕に包帯が巻かれ見るからに痛々しい格好をしていた。


 足を止めることなくベッドに歩み寄り、椅子では無く彼の枕元に腰を下ろして手を伸ばす。

 右腕の骨は折れ、顔の頬骨にも骨折が見つかったと聞く。

 だが治療に当たった医者の名を聞いてフレアは何とも言えない安心感を覚えた。他人を褒めることなどあまりしない"あの人"が称賛する数少ない人だったからだ。


「いつも無茶ばかりするから……」


 昔からそうだ。

 彼は昔から無茶ばかりして……とフレアは一瞬自分の感情に不安を覚えた。

 彼の心配をするべき今、どうして自分は過去など振り返って居るのだろう? 前の自分なら彼にすがり付いて泣いているはずなのに……と、頭に痛みを覚えて軽く振る。


 きっと動揺しているから思考が脱線しているのだと自分に言い聞かせ、フレアは彼の様子を確認する。

 手当てを忘れている個所は無さそうだ。なら後は眠り休んでいれば良い。


 ベッドから立ち上がり扉の傍に居るメイドに目を向ける。


「骨折で体温が上がっているから、冷えすぎない程度に冷やしてあげて」

「はい」

「それと……」


 視線を巡らせてフレアはそれを見つめた。

 机の上に置かれている物を掴み、自分の腰に巻き付けている飾りの上に重ねる。


「借りて行くから。彼には伝えないで」

「いえ、それはっ」

「……良いわね?」


 ジロッと睨みつけて来る少女にメイドは震え上がった。

 相手はあの魔女の弟子で、その魔女の魔法を制した人物なのだ。

 怒らせでもしたら自分がどうなるか分からない。


 自身の何かと職務を天秤にかけ……ただのメイドである彼女は折れた。


「……分かりました」

「後はお願いね」


 振り返ることなくフレアは部屋を出た。


 本来なら向かう先は王国軍であるが、断片的に伝え聞いている話から無意味だと悟っていた。

 だからこそ『第二王子』の飾りを勝手に持ち出したのだ。

 これがあれば彼の裏の配下を自由に動かせるのだから。




「邪魔しないで」

「お待ちください」


 護衛の騎士が慌てて彼女の前に回る。

 入所の資格が無い者を通す訳にはいかない。いかないのだが。


「これ……見えてる?」

「……」


 顔色を蒼くし、騎士は今一度彼女の腰の物に目を向ける。

 王家の者が持つことを許される腰の飾り。何より相手は第二王子のたった一人しか居ない正室候補なのだ。


 葛藤を見せる騎士に、少女はただ静かな目を向ける。

 ガラス玉のような冷たい目を。


「わたしはまだ正式に婚約者ではありません。ですが彼からこれを託されています。その意味は分かりますね?」

「は、い」

「……通るわ」


 ただの騎士である彼では、彼女を制止することなど不可能だった。

 役職を持つ騎士長以上の地位を擁する者たちが与えられる一室……騎士棟に赴いて来たフレアは、颯爽と廊下を歩き目的の場所に辿り着いた。


 扉を開けて中へ入ると……まず彼の机の上の書類全てに目を通す。

 分かっている。本当なら国王軍の鍛錬場に出向いて、彼をあんな目に合わせた者たちを血祭りにあげるべきだと。それを自分の心が望んでいることも。


 だが彼は普段ふざけているが、決して考え無しではない。

 必ず何かしらの……書類を見つめるフレアは、次から次へと気になる物を引き抜いて行く。

 あっと言う間に書類に目を通し、次いで内容の精査へと移る。


 どうやら彼は国内で流通している"薬"を調べていたことが分かる。

 つまり彼は知り過ぎて警告を受けたのだろう。挑まれれば受けてしまう彼の性格を理解し、その誘いに乗った彼をあんな目に合わせたのだ。


「分かった。そう言う戦いをしたいのならわたしが受けてあげる」


 その日から、密偵の長でもあるハーフレンからの矢継ぎ早な指示が部下たちに向けられた。




「おい。大将の具合は?」

「ああ……今は酒飲んで寝てるぜ」


 隠れ家として使っているうち捨てられた屋敷の1つで、酒と食い物を届けにきた仲間に見張りが屋敷の奥を指し示す。

 前線では"巨人"と呼ばれ恐れられた彼が怪我を負って戻って来たのだ。


「あの話は本当なのか?」

「どれだよ」


 見張り兼拠点の管理をしている男は実際の現場を見ていない。

 だがやって来た男は鍛練場でそれを見ていたそうなのだ。

 暇潰しもあるが、好奇心を押さえられずに質問を続ける。


「旦那をああもボコボコにしたのって……あの王子なんだろう?」

「そうだ」


 半壊しているソファーに腰を下ろしながら男は素直に認めた。


「旦那が薬を2つ使ったのも?」

「事実だ。それでどうにか圧倒したが……後が大変だった。別の奴らに女を攫って来させて、5人殺してようやく静まった」

「5人もか?」

「ああ。ただ……大将の方は性欲を発散していたと言うよりか、薬無しなら負けていたかもしれないと言う事実を誤魔化したくて暴れていた様子だけどな」


 顔を蒼くしている見張りから視線を動かし、薄く笑った男は屋敷の奥に目を向ける。


 だが一応任務は終わった。

 最近何かと薬を嗅ぎ回っていた彼をしばらくは動けなくさせたのだ。


「これで俺たちも動きやすくなる」

「ならそろそろ?」

「ああ」


 ニヤリと笑い、男は見張りを見る。


「準備が整えばまた楽しい戦いの日々に逆戻りだ」




~あとがき~


 段々と思考と行動が現在のフレアになって来たなw

 そんな訳で大切な想い人が大怪我を負いフレアが黙っている訳がございません。

 相手が裏の手を使って来るなら同じ舞台でねじ伏せ後悔しながら死を与えるモードに突入です。


 で、例の薬を使い殴り合った巨人さんも怪我を負ってます。

 そう考えるとハーフレン自体も中々のチートキャラなんですけどね。

 この辺の能力値の底上げは…本編復帰してから語られるはずです。


 次回から普通にシリアス展開になるかもしれないっす。




(c) 甲斐八雲

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