これは私の独り言だから
保養所から戻って来た。やはり自宅は良い。
ノイエの唯一の私物であるベッドは本当に最高だ。
今夜はゆっくり寝ようと思っていたのに……どうしてこうなった?
「……」
「……ぐすっ」
言いようのない沈黙に屈しそうです。
出てきた瞬間から泣き顔なのは止めて欲しい。
綺麗な栗毛と黒い瞳。
色合いからして少し日本人っぽい感じにも見えるけど、ベースがノイエだから肌が白いのです。西洋人が日本人の真似をしているようにしか見えないっす。
「あの~ファシー?」
「……ごめんな……さい」
「謝らなくて良いから。とりあえず落ち着こうか? で、出来たら話をだね」
「ぐすっ……うふっ……ははは……」
笑い出さないで~。
本気で身の危険を感じたから相手を抱きしめて押し倒す。
ほらファシー。ナデナデですよ~。
全力で甘やかすことしばらく、彼女が落ち着いた。
抱きしめスタイルから膝枕ポジションへ変化して……枕が僕なのはもう良いです。ツッコんだら負けです。
ポツリポツリと彼女が説明をしてくれる。
会いたくなった。でも新年だからノイエと楽しんでいる所を邪魔をしたら悪い。でも会いたい。
結果としてちょっとだけ出て来るはずが、出てきた瞬間に罪悪感が芽生えたそうだ。
おかしい。こんな良い子が世の中には居るのに……どこぞの先生は普通に出て来て僕を凍らせたよ?
「ファシーは本当にいい子だね」
「……」
「寝る時とかならいつ出て来ても良いからね。新年とかも気にしないで良いよ」
「ほん……とう?」
「うん。ファシーはいい子だからね」
ナデナデしていたらファシーが幸せそうに眼を閉じた。
このまま寝てくれるとありがたい。温泉旅行中はずっとノイエに搾られててもう休みたいのです。
追い打ちで頭を撫で続けていたら色が抜けてノイエの色になった。
きっと完全に寝落ちしたのかな? いまいち仕様が分からないから、
「ぬっがぁ~! やっぱり動かない~!」
「……」
色がついて賑やかなのが出て来た。
「これレニーラよ」
「何よ旦那君?」
「少しはファシーを見習うと良い。こう女性らしく物静かな感じをだね」
「……笑いながら切り刻めば良いんだね! ふなぁ~」
危ないことを言う子はお仕置きです。
鼻を抓んでグリグリする。
「止めろ~。抵抗できない女の子に酷いぞ~」
「なら無駄な抵抗を止めて大人しくしてなさい」
「ぶ~ぶ~」
口しか動かせないレニーラが騒ぐ。
あまり騒ぐならキスしてその口を封じるぞ?
「む~。旦那君」
「へい?」
「私もファシーみたいに撫でて欲しいぞ?」
「あれはいい子にしかしません」
「私だっていい子だぞ? イタタ……酷いぞ旦那君」
君はいつだか多数決で僕を殺そうとしたよね? 忘れてないんだからな?
たぶんその場のノリで賛成派に回ったとしてもだ。
『ぶ~ぶ~』と不満げにぶ~たれるレニーラに根負けして頭を撫でてやる。
基本ノイエを撫でているのと変わらないのは……言わなくて良いこともある。
「……ねえ旦那君」
「はい?」
「ありがとうね」
「明日は大雪か」
外は深々と雪が降っているな。雪が止まる気配はない、か。
僕の態度にレニーラが頬を膨らませて怒りだす。
「酷いぞ? 私だってちゃんとお礼ぐらい言うって」
「お礼を言うなら何に対してかを述べよ」
「ん? ファシーにだよ?」
「意味が分からんて」
「ダメな子だな~。旦那君は~」
鼻をグリグリしたら、涙目のレニーラが説明を始めた。
「旦那君が相手をするまで、ファシーはノイエの中で1番の嫌われ者だったんだ」
「いい子なのに?」
「うん。いつも……笑ってたから」
いつも笑ってたってことは……不可視の刃をまき散らしていたのか。それは嫌われるな。
「私たちはノイエの中に居て決して死なない。だけど斬られれば痛いしね。だからみんなファシーを避けてた。で、一人ぼっちのあの子は寂しくていつも泣いて……増々笑ってた」
らしく無いほどレニーラがマジトーンで言葉が続いた。が、
「文章にしたらおかしな言葉だよな。たぶん」
「だね。でも最近のファシーは笑って無いんだよね。いつも幸せそうに膝を抱いて床に転がって丸まってる」
「それはそれでどうかと思うぞ?」
何となく猫っぽい姿を想像したよ。あら不思議……なんか似合ってそう。
「でもファシーは幸せそうだよ。あんなに穏やかなのは初めて出会った頃ぐらいかな」
「へ~」
少し口を閉じたレニーラがゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ファシーは戦いに向いてない性格だったから、感情を壊されたんだ。魔法でね」
「……」
ちょっと待て? 今なんて言った?
「ファシー以外にも感情を壊された子は居る。大半は自我が崩壊して本当の意味で壊れて死んじゃったけどね」
「レニーラ?」
「ごめん旦那君。質問はダメ。これは私の独り言だから」
ポロポロと涙を溢す彼女に……こっちが折れるしかない。
たぶん色々な代償を払う覚悟なのだろう。グローディアとか容赦無いっぽいしな。
最近は静かだからむしろ今がチャンスなのか?
「ファシーは本当にいい子だったんだよ。いつも私の踊りを見て笑ってた。でもあの子は壊されて……」
壊されたのは『あの子たち』なんだな。
「ホリーが近くに居ないから言うね。気を付けて旦那君。たぶん身近な人でっ」
ブツッと切れるように彼女の声が止まった。そして色が抜けて行く。
しばらく待つと……赤色のノイエとなった。
「レニーラは?」
「腹に大穴を開けてグローディアに引きずられて行ったわ」
「そっか」
ごめんなレニーラ。何もしてあげられなくて。
僕に膝枕されている先生がジッとこっちを見つめる。
もしかして僕も罰ですかね?
「……馬鹿弟子」
「はい」
静かな声音で先生がただ見つめて来る。
「もし私たちの中で、誰かが貴方に『お願い』とか『助けて』と言ったらどうする?」
「決まってます。ノイエが動く願いなら僕が代わりに応じます」
「迷いの無いほどに清々しい馬鹿っぷりね」
言葉の刃が僕の心に突き刺さってますが?
本当に容赦が無いですね貴女と言う人は。
「でも悪く無い返事よ。合格点をあげる」
クスッと笑って……先生が体を起こす。
唇が触れてしまいそうなほど顔を近づけて来た彼女は、耳元でこう呟いた。
『私の馬鹿な弟子を助けてあげて。お願い』と。
で、クルッとその体が反転して、先生から往復のビンタを……ありがとうございますっ!
やはり罰を受けることとなるのか。ならば気持ち良くなるまで貴女のビンタを食らい続けてやるわっ!
掛かって来いや! アイルローゼ!
「あら? お仕置きは終わったの?」
「捨てて来たわよ。しばらくこっちに来ないように命じてね」
人望のあるレニーラを細切れにすることは出来ない。
何より彼女はノイエの中に居る者の位置を正確に把握している数少ない人物だ。緊急事態を想定して最低でも自足歩行できる状態にはしておく必要がある。
金髪の髪で顔を隠した彼女は、右手で頬を掻こうとして腕が無いことに気づいて左手で掻く。
まだ顔の修復が完全に終わっていないが、グローディアはようやく出歩けるまでに回復したのだ。
最近は色々と失敗続きで彼女の機嫌は悪い。
治療に終始することとなった一件……勝手をするカミーラに攻撃を仕掛けたら相手の不意打ちで敗れた。初手で顔面に一撃を受けて卒倒してしまったのが敗因だ。
その流れ弾を受けたアイルローゼがキレてカミーラはドロドロになるまで腐らされてしまったが。
"台"と呼ばれる場所に腰かけて居たアイルローゼはクスッと笑って『共犯者』に目を向けた。
「過剰すぎやしないかしら?」
「ダメよ。何が原因で露見するか分からないわ」
だからグローディアは極端に恐れている。
何が切っ掛けで隠している事実が明るみになるか分からない。
そうすれば……大切な存在が失われてしまうかもしれない。
「私は大陸中を敵に回しても隠し通すわ」
「そう。好きになさい」
苦笑してアイルローゼは頭を振った。
~あとがき~
忘れた頃のレニーラですw
普段からノイエの中で暇潰しを探し求めるレニーラは、ほぼ全員の所在を把握しています。
実はもう一人未登場の人物が把握していますが、ある理由でほとんど動きません。
よってレニーラはある程度馬鹿をしていても許される傾向にあるのはこれが理由です。
次回の本編でノイエの中の主要メンバーをある程度出し切りたいですね。
名前だけで出て来ない人も居るのであしからず!
ファシーに関しての詳しい話は追憶③にて。
この話を書き忘れてて7話の予定が8話になったのは秘密ですw
(c) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます