昔話よ。ただの思い出

「宴会、宴会、宴会だ~」


 温泉から上がり急いで着替えを済ませる。


 メイドさんたちの手を借りて"浴衣姿"となるノイエはやはり可愛い。

 髪もアップにしてうなじ全開にされると、どうしてこうエロく見えるのでしょうか? オーガさんは……レスラーが浴衣を身に纏っているようにしか見えない。


「アルグスタ、さま……ガクガクガク……」

「あっ忘れてた」

「ひどい、ですぅ……」


 白装束で雪の中で正座しているモミジさんがあり得ないほどガクガクと震えていた。


「だってお仕置きだしね。うん。お仕置きは大切よ?」

「そんな……いくらなんでも……さむすぎて……」


 流石の変態も寒さに負けて暴走できないらしい。


「反省した?」

「はひぃ」

「なら温泉をどうぞ」

「……」


 笑顔で立ち上がろうとして、躓いて頭から雪の中に突撃する。

 長時間正座していれば慣れててもそうなるわな。


 最近はこっちの世界になれたと言うか、温泉とかは男女混浴が普通だから皆で入ろうとして若干1人が大興奮したのだ。誰とは言わないが僕の股間を見て暴走し、ノイエによって鎮圧される。

 それから雪中正座の刑に処したのだ。


「……温まったらおいでね~」

「あしっ! あしがうごきま……ってさむいっ!」


 雪の中に埋まり下半身だけ出して暴れる彼女をそのままに僕らは食堂へと向かった。

 だって宴会が待っているのだから!




 パチッと目を開けてノイエはゆっくりと起き上がろうとして失敗した。

 体に何か乗っていて起き上がれない。視線を向ければ"弟子"が抱き付いていた。


「ん~。ノイ……すぴぴ……」

「全く」


 呆れながら抱き付く相手から腕を抜いてその鼻の先を指で弾く。


「甘えが過ぎれば潰すわよ」

「ん~」


 軽く脅してみたら彼が素直に手を離した。

 寝ているはずだが……そう思うと今の行動は腹立たしい。


 もう一度強く鼻先を指で弾いて、ノイエは彼の束縛から抜け出す。

 アップに束ねてある髪も解けているので、そのまま解いて背中へと流す。赤い髪がサラサラと浴衣の背に触れた。


「変わった衣服ね」


 自身が纏っている薄手の服に視線を向けて軽く体を震わせる。


 確かあの狂った少女の兄が届けてくれた荷物の中に入っていた物だ。

 何でも"弟子"の元居た世界からやって来た一族の末裔で、その末裔の1人は……部屋の隅で全身を震わせて横になっていた。


 酔って絡んで来た少女がうっとうしくなった彼の指示で、これでもかとお酒を飲ませて潰していた。

 あんなに震えてて大丈夫かと思ったが、介抱してやるほどの義理も無いので放置する。本当に危なければうつ伏せにして背中から腹の辺りを踏んでやるくらいはするが。


「アンタ……誰だい?」

「ノイエよ」

「はんっ!」


 窓際で酒樽を椅子に酒を飲んでいた大女の視線を受けながら、赤い色となっている髪を揺らして彼女は歩き出す。途中で椅子を掴んで自身も窓際で腰かけた。


 弟子の計らいでこの部屋にメイドは居ない。呼べば扉を開けて廊下から入って来るが、逆に呼ばない限り彼女らはこの部屋に入れない。


「頂ける?」

「好きなだけ飲みな。どうせアンタの夫の酒だ」

「でも1番高いのを持っているのは貴女よ?」

「抜け目のない女だね」


 先に来てこっそりと隠しておいた酒を取り出し、オーガたるトリスシアは自身よりも格段に小さな相手に酌をする。

 グラスにワインを注いで貰い、そっとノイエはそれを口にした。


「で、アンタは何者だ?」

「だからノイエよ。ノイエの1人で良いわ」

「……何人その中に化け物を飼ってる?」

「さあ?」

「なら……」


 ジロリとトリスシアは相手を睨みつける。


「アンタらが本気になったらこの大陸はどうなる?」

「さあ? 少なくとも私が本気になれば最悪なことになるでしょうね。まあその時は彼が止めてくれるわ」


 クスッと笑い赤髪のノイエは床に転がり寝ている相手を見る。

 そう。きっと間違い無く彼は自分を止めてくれるだろう。妻の体だからではない。彼はそう言う類の"馬鹿"な男だからだ。


 ワインを口にする"ノイエ"は微かに頬を紅くし、気分良さそうに口を開いた。


「昔ある人は私たちのことを『一騎当万の化け物に育てる』と言ったわ。そして本当にそうしようと育てた」

「何の話さ?」

「昔話よ。ただの思い出」


 薄っすら笑って赤髪のノイエは言葉を続ける。


「私たちも最初から気づくべきだった。

『ドラゴンを屠れる人材の教育』であるはずの場所に対人特化の人材も集められている事実に。

 彼らが作りたかったのはドラゴンスレイヤーじゃない」

「なら何だい?」

「たぶん貴女のような人材よ」


 またグラスに唇を付けて喉を潤す。


「数多の人を殺せる最強の駒……彼らが作りたかったのはたぶんそれ」

「悪くない話だね」

「貴女からすればでしょ? でも彼らはそれを何人も作ろうとした」

「良い話じゃないか?」


 好戦的に笑う大女に、赤毛のノイエもクスリと笑った。


「その目的が、この大陸の大半の人間を殺す為でも?」

「……」

「彼らの目的はこの大陸の支配だったのよ」


 呟いてグラスの中の液体を回す。


「戦争の無い世界を作る。そんな馬鹿げた目的に、各々の野望を秘めた者たちが集まってあの場所は作られた。そして私たちはそこに集められたって話よ」


 自分の手を止めてグラスの中で回るワインを見つめる。


 戦争の抑止の為に自分もまた終末魔法に準ずる『腐海』を作った。

 第二王子の手によって捕らわれた時に謁見した国王から『お前は人を信じすぎている。お前が思うほど……人は決して清廉で潔白では無い』と言われた時に自身の過ちに気づいた。


 確かに自分は人と言う生き物を信じていたのだろう。故にそれからは人を信じなかった。

 あの場所で……1人の『天使』に出会うまで。


「彼らの考えは簡単よ。敵対する者たちを全員殺す。

 世界を敵と味方……違うわ。敵と奴隷とで線引きするの。絶対的な支配者による完璧に統治された世界。

 それを力づくで作ろうとしたのよ」

「で、その成功例がその小娘って訳か?」


 赤毛のノイエは静かに頭を振る。


「いいえ。この子は失敗例よ」

「失敗?」

「そう」


 グラスを片手で持ち、空いた手で自身の胸に手を当てる。


「たぶん1番の失敗作。だってこの子は……臆病で泣き虫で甘えん坊で変に頑固な女の子だもの。施設内で1番のお荷物で、『今日を生きられず処分される』と言われ続けた落ちこぼれ」

「それが大陸屈指のドラゴンスレイヤーだって?」

「ええそうよ」


 クスッと赤毛のノイエが笑う。


「この子はただ愛されているだけよ……皆からね」




~あとがき~


 先生が出でれば真面目なのです。

 つまりアルグスタが全て悪いってことですかね?




(c) 甲斐八雲

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