今回だけよ
とても綺麗な形でアルグスタは土下座していた。
頭を下げている相手は、ベッドに腰を掛けて腕と足を組み不機嫌そうな妻……ノイエだ。
ただ彼女の色が違う。普段は白系の彼女が、今は燃えるような赤色をしている。
つまりそう言うことだ。
「で、妻を騙して上機嫌に勝ち誇っている馬鹿なゴミムシは、ホリーに変なことを吹き込んだ訳ね?」
「全くもって何のことだか。それにノイエとの勝負は騙してないし」
「……あの子があんな言い回しで理解する訳ないでしょ!」
「イタタ。止めて~。グリグリしないで~」
床に擦り付けている頭を爪先で踏まれてグリグリとされる。
何かもう違った性癖に目覚めてしまいそうです。
「まあそっちは良いのよ。あの子の希望は叶ってるみたいだし……それよりもホリーに何を言ったの?」
「何も言ってませんて!」
冤罪です。ホリーは僕の仕事を手伝ってくれただけで、その見返りは……いや~! 命日が来る~!
「ならどうして新しい魔法を作れだなんて言い出すのよ! こっちはまだ作りかけの魔法で頭を痛めているのにっ!」
「新しい魔法?」
「そうよ。ノイエの体を魔法で変化させて自分本来の姿にするだなんて……どうしてそんな面白そうな魔法を考え着くのよ!」
グリグリがっ! グリグリがっ!
「って先生? 実は喜んでっイタタタタ」
「何か言った? このゴミムシ」
「何も言ってません。それにそれを言い出したのは僕では無くてホリーです」
「嘘ね」
何故に即答!
「どうせホリーに『本来の私の方が、胸は大きいし可愛いとか』言われて篭絡されたんでしょ! ああ腹立たしい!」
それに近いことは言われましたけどね。
「痛いっす! って僕が好きなのはノイエですから! どんなに綺麗な人が現れても、どんなに可愛い子が現れても、どんなに胸が大きくても……僕の1番はノイエです! ノイエの全てが1番です!」
「……それはそれで気色の悪い」
「どんな罰っすかこれ!」
グリグリが……グリグリがっ!
「まあ良いわ。ただし私にも出来る魔法と出来ない魔法があるから」
「そうなんですか?」
足が退いたから体を起こす。うおっ! 筋肉痛が……治らん。
不機嫌を体現しているような先生が、やれやれと息を吐いた。
「当たり前でしょう? いくら私でも死者を生き返らせるとか、時間の流れを止めるなんて魔法は作れないわ」
「へ~」
「……なによその態度? また踏まれたいの?」
「滅相も無い」
これ以上踏まれたら、本格的に何かが目覚めてしまう。
「でも先生なら時間をかければどんな魔法でも作れそうな気が」
「買い被り過ぎよ。私は人より魔力が多くて頭が良かっただけよ」
自分のことをそれだけ言える貴女が凄い。
「本当の天才は、無から有を作る人のことを言うの。私が出来るのは前からある物を少し変える程度」
「それでも十分に天才な気がしますけどね」
どうにか立ち上がって椅子を引っ張って来る。床の上で正座は正直辛いです。
「ちなみに先生が天才って認める人とか居るんですか?」
「……貴方本当に魔法使い?」
「自覚無いですけど」
呆れた様子の先生がため息を吐いた。
「有名なのは三大魔女よ。私もこの3人には絶対に勝てないわ」
チラリと見て来る相手の目に……素直に負けを認めよう。
「ちなみにどんなことをした人なのでしょうか?」
「来年1年、魔法の基礎を徹底的に叩き込むから覚悟なさい」
やはり地雷を踏み抜いたか!
先生の授業とか……また徹底的な基礎練か。とほほ。
落ち込む僕を満足気に見つめて先生が言葉を続ける。
「1番有名なのは『始祖の魔女』よ。この世界に魔法をもたらしたと言われているわ。
『召喚の魔女』は召喚術を作り出した魔女よ」
そこで一度言葉を切って先生が息を吐く。
「最後が『刻印の魔女』
プレートに術式を刻んで使役すると言う方法を確立した偉大な魔女。
三大魔女の中でもし1人だけ会えると言うなら、私はこの人に逢ってみたいわ」
ん? 何か引っかかる言葉が。
「って逢ったことは無いと?」
「歴史上の人物よ。順番で言えば始祖が1番古くて、次いで刻印、召喚となるわ。
3人とも子供向けの絵本の題材になっているから今度読んでごらんなさい」
「はい」
と、先生が自分の横を叩く。
えっと……そっちに座れと言うことですか?
いそいそと移動したら、先生が僕の左腕を掴んだ。
「私はプレートに効率よく刻むから『術式の魔女』と言う称号を得た。
ちなみに魔女の称号は少なくても数名の国王が認めないと得られない。自称魔女はあくまで自称よ。本当ならやった偉業が魔女の前に名付けられる。私の場合は"術式"よ」
つまり共和国の魔女さんは……いずれ本当の魔女を名乗れると良いね。頑張れ。
僕の心の内を察したのか、先生は薄く笑って言葉を続ける。
「話が脱線したけど、刻印の魔女は根本から違う。
彼女ならこの腕に直接刻んで魔法を使えるようにするわ」
「……プレート要らずってことですか?」
「そう言うことよ。ただそんな術は彼女にしか使えないから、プレートを使ってと言う劣化した方法を作ってくれたのでしょうね」
それって本当に凄いな。
「天才なんですね」
「天才よ」
クスクスと笑って先生は僕の右腕を掴んだ。
「うん。大丈夫。プレートに異常は無いわ」
「ありがとうございます」
「良いのよ。結果として貴方の無茶のお陰でノイエは救われた。ついでに私もね」
「はい?」
「気にしなくて良いの」
鼻先を指で弾かれた。
先生はこんな風に普通だと怖くないからこのままをキープしてて欲しい。
と、先生は自分の髪を手に取って手櫛し始める。
「刻印の魔女は栗色の髪と栗色の瞳を持つ女性だと伝わっている。
一番の特徴は瞳の中にこんな5角の模様が刻まれていること」
先生が指を動かし星型……五芒星を描く。
そんな模様が瞳の中にあるって普通の人じゃ無いよね?
「瞳の模様は無理でもその色に憧れたの……子供の頃は特にね」
「でも先生の赤い色も綺麗ですよ?」
「……あら。ありがとう」
ってまた彼女の指が鼻先に伸びて来たから目を閉じる。
弾かれない。時間差か?
ふと唇に柔らかな感触がして目を開けると、ノイエから色が抜けている途中だった。
「今回だけよ」
軽く笑った先生が、ノイエに変わっていた。
「……アルグ様?」
「ガオー」
「やんっ」
ノリノリでノイエを押し倒してしまった。筋肉痛がまだ辛いのに。
ふと目を覚ましたノイエはベッドを出て歩く。
部屋の中でクルリと一回りし、自分の髪を手に取る。
綺麗な髪質の長い髪は、いつも通りの栗色だ。
「今回の宿り主は良いわね。本当に」
クスクスと笑い彼女は歩を進める。
壁に掛けられている鏡の前に立って自分の姿を見つめる。
栗色の髪。栗色の瞳。そして……五芒星を思わせる瞳の中の金色の模様。
(この大陸も良い感じで滅びに向かっているし、今回の宿り主は本当に楽しいからいっぱい遊べそうだし)
クスクスとまた笑い彼女の指が動く。
虚空に刻んだ文字が服を生み出しそれを纏うのだ。
クルッと着込んだ服の具合を確認して……ノイエはベッドに体を向けた。
宿り主の最愛の人がそこに寝ていた。
「夜の散歩に行って来ますね。旦那様」
笑い声を残して……ノイエは消えた。
~あとがき~
何故この人がノイエの中に居るのか、どうして現れるようになったのか……いずれどこかで。
たぶんたまに現れて色々と楽しむことでしょう。
(c) 甲斐八雲
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