やり逃げかいっ!
「帰還したのなら、直ぐに顔ぐらい出さんか」
「済みません。無理をし過ぎて御覧の有様でして」
「……バージャルからブシャールまで休まず馬で駆けるとは、本当に無茶をする」
苦々しい表情を浮かべているパパンは国王の執務室で国王様をしていた。
ちなみに1番上のお兄ちゃんは、宰相と近衛団長まで兼任して休むことなく仕事をしているそうだ。裏方だって大変なのよね。
ノイエに支えられている状況なので、パパンの許可を得てソファーに座る。
隣は勿論ノイエだ。腕に抱き付いて来てすっごく可愛い。帰宅してからベタベタ度が増した気がする。
「それに顔を出したとしても、今回の僕は前線に出張った駒の1つですしね」
間違っていないはずだが、パパンがため息を吐いた。
「その駒が好き勝手に動いたから、色々と軋轢が出ておる。苦情やその他諸々の書類は全部お前の執務室に回してある」
「……名誉の負傷中なのでしばらく休んで良いですか? 結構本気で?」
「書類が増えても良いなら構わんぞ」
死ぬわ。
これが終わったら執務室に立ち寄るかな。
パターンで行けばクレアが精神崩壊し始めて居る頃だろう。頑張れ未来の夫、イネル君。
「それで大将軍とか……あ~。事の顛末をザックリ聞いても良いですかね?」
「投げやりになるな。まあ知っていても損にはならんだろう。お前の方にも仕事は回るしな」
メイドさんに何やら注文を出しつつ、パパンが真面目に王様らしい表情を作る。
しかし現在の僕は全身打撲と全身筋肉痛で弛緩しまくってます。
「話を聞く顔を作れ」
「無理です。結構酷いんですよ?」
2日連続でリグに舐められ、色々とボロボロなのにそのあとホリーが出て来て……お姉ちゃん怖い。怖いよ~。
思い出したら全身が震えて来た。
震えに気づいたノイエが抱き付いて来て甘えてくれるのが救いだけど、その顔と体で僕は快楽の地獄を見せられた訳です。何このアンビバレンツな感じ?
「まあ良い。まず動きの少ないバージャルからだな。
お前が出て行った後にシュゼーレが入って指揮を執っている。ドラゴンは全て駆逐して共和国の兵とにらみ合いになっているな」
計算通りだな。流石ホリーお姉ちゃんだ。
「まあ向こうとしてはこっちに入って来る大義名分も無いですしね」
「そうだ。仮に砦など築こうものなら『開戦の意志あり』となって戦争だ。跡継ぎ問題で揺れているあの国がそこまでの無理は出来ん」
メイドさんから紅茶を受け取りパパンが一息つく。
「後はシュゼーレからの苦情ぐらいだな」
「苦情?」
「うむ。あのモミジとか言う少女が」
「あ~。後でどうにかするからその話は聞きたくないです」
精神的な疲れが3割増ししそうだからその話は後で良いや。
どうせ机の上に大量の苦情が山積みだろう。
「そうか。なら次にブシャールだ。
現在合流した王国軍をハーフレンが指揮して帝国領に攻め入った。近隣の村や街を支配下に収めながら、大将軍の配下だった者たちが情報の流布を開始している」
そのまま侵攻したか。流石お兄ちゃんだ。脳筋だね!
「計画通りに大将軍を慕う者が集まりそうですかね?」
「ふむ……市民などは流れて来るだろう。それだけでも十分に脅威だ」
「なら帝国の備えは減らせると?」
「うむ。しばらくは現状を維持だが、いずれは減らす予定だ」
「なるほどね」
まあいきなりは減らせないよな。大将軍が帝国に帰属する可能性だってある訳だしさ。
「しばらくはキシャーラとは友好関係を維持して行く方向で話はまとまっている。お前にも仕事が割り振られるから確りと働いてやれ」
ヒラヒラとパパンが手を振って来た。
「なにその丸投げな言葉は?」
「儂は新年になれば隠居だ。国政にはもう口を出さん」
「やり逃げかいっ!」
「うむ。男の本懐であるな」
違う違う違う。そんな本懐などあり得ない。
まあこれで新年以降僕の仕事が増えるのね。
「本気で人員の補充をお願いしたいです」
「その件はシュニットに回せ」
「ですよね~」
良いな隠居。早く僕も隠居したい。
「それで元大将軍は?」
「うむ。現在は迎賓館で傷の手当てを受けている。だいぶ無理をした様子でな、しばらくは安静が必要だ」
「ですか」
と、パパンがメイドさんに命じて何やら書状を持って来た。
受け取ると……亡命して来た大将軍からだ。
「何これ?」
「詫び状だそうだ」
「何でまた?」
「お前の結婚式で意に反する立ち振る舞いをしたことに対してのな」
「……」
あれ? あの大将軍ってもしかして良い人?
とりあえず半分寝てるっぽいノイエに手紙を預ける。
僕らの様子を見つめるパパンが目を細めた。
「あの者は物心ついた時から戦場に居た。だから戦場の汚さや悲惨さを知っている。故に我が国のように女子供を戦場に向かわせることを毛嫌いしている節がある」
「だからあの態度?」
結婚式でノイエに恥をかかすのが正解とは思えないけどね。
「無骨者なりの配慮だったのだろう。力無き者は戦場に出れば痛い目を見る。結婚を機に家庭に入って妻としての仕事に準じろと……遠回しでそう考えたのかもしれないな」
「で、ノイエの実力を知って欲しくなったと?」
「知ってしまえばノイエの力は権力者全てが欲する物だ。キシャーラばかりを責められん」
確かにね。ドラゴン退治以外でも戦場で運用すれば究極超人だ。どの国だって喉から手が出るほどに欲しいだろう。
「後は政治の問題が多数だな」
「そっちは専門外なのでご勘弁ください」
「何だ? お前はこっちの方が聞きたいのかと思っていたぞ?」
「いえいえ。自分はただの夫であり、妻の仕事を手伝っているだけですからね」
雑談を終えて退出して行った息子夫婦を見送り……ウイルモットは深く息を吐いた。
机に戻りバージャル砦に配置していた密偵からの報告書を今一度手にする。
そこに書かれていたのは息子が見せた人外の強さであった。
「野心が無い者が強い力を持っている……これほどに恐ろしく思うことは無いな」
苦笑し、彼は報告書を燃やすこととした。
妻を溺愛している彼を信じることにしたのだ。今はまだ。
(c) 甲斐八雲
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