異世界のドラゴン
突然の振動と轟音に……戦っていた2人の反応は早かった。
互いに距離を取り、視線を巡らせ事態を把握する。
まず動いたのは、帝国のドラゴンスレイヤーたるトリスシアだった。
飛んで来た瓦礫を走りながら拾い上げ、停止と同時に投げ放つ。
風を斬り突き進んだ瓦礫は、ドラゴンに当たるなり粉砕し……ゆっくりと顔と共にその目が向けられた。
『違和感』
こちららの世界に来てからドラゴンの相手を務めている彼女だからこそ、相手が発する雰囲気や纏う空気が普通とは違うことに気づき舌打ちをした。
(これがそうなのかいっ!)
思い当たる節もあり、彼女は手近な武器を求める。
空を裂き飛んで来た物を咄嗟に掴んだのは、"彼"が絶妙なタイミングで投げて来たからだろう。
ズシリと重い大剣を握り、トリスシアは軽く飛んでドラゴン目掛けて振るった。
剣を投げたハーフレンもその場に留まらず走り出していた。
クルクルと全身を回しながら……落下して来る者に手を伸ばし捕まえる。
皮鎧に指が掛かり、強引に手首を捻って引き寄せれば……目を回して気絶しているミシュだった。
「起きろ馬鹿!」
「ぬがっ! ……女性のどこに何てモノを!」
「お蔭で後で消毒が要るな」
スカート越しにツッコんだ指を抜いて、ハーフレンはミシュを投げ捨てる。
トンボを切って地面に立った彼女は、両手でお尻を押さえながら膝から崩れ落ちた。
「そのままで良い。あれは何だ」
「……知らないわよ! 変な奴が丸いのを握ったら出て来たの!」
「で、変な奴は?」
「あっちの瓦礫の下! 掘り起こすんだったら、私の短剣が額に突き刺さってるはずだから一緒に宜しく!」
地面に伸びながら尻を押さえる彼女を見て、ハーフレンはある程度理解した。
仕事はやってのけたのだろう。ただあれが計算外であっただけで。
チラリと視線を動かせば、自慢の大剣を片手剣のように振り回す大女の背が見える。
だが……明らかに彼女は押され後退して来ている。
(拙いな)
気持ちを切り替えて普段の王子に戻ったハーフレンは、視線をミシュに向け直す。
「動けるか?」
「しばらく無理っ!」
逃げ出す時に無理をしたせいで瓦礫に頭突きを入れたミシュは、まだ自身の平衡感覚が狂ったままだと把握していた。今の状態で祝福を使えば、1つ間違えるだけで大怪我をする。
相手の判断を理解し、ハーフレンはチラリと視線を動かす。
建物から飛び降りて来たフレアが、こちらに向かい駆けて来ていた。
「ちぃっ! 後ろ!」
トリスシアの声が響くと同時にドラゴンが何かを吐き出した。
微かに視界に捕らえられたそれは、人の体ほどある物体だった。
「影よ!」
フレアの魔法語と同時に、彼女の前に影が……闇が生じる。だが『バキバキ』と音を発して飛んで来た物が影を貫く。
咄嗟の判断で地面に身を投げ出したフレアの頭上を物体が通り過ぎ、砦の建物に激突して砕けるのをハーフレンは見続けた。
(石の類か……石だと?)
自身の思考に違和感を覚えた。
ドラゴンが吐き出して攻撃に使う物は、炎や水、時期によっては氷などがある。場所によっては砂混じりの風を吐く種も居るらしいが……石のような明確な物質を吐き出すモノなど聞いたことも無い。
「ミシュ!」
「知らんわっ!」
「そうかよ!」
質問したら即答されたので、ハーフレンは気持ちを切り替えた。
少なくとも目の前に居るドラゴンは自分が知り得る種に当てはまらない。
「あれは何だっ!」
「……たぶん」
苛立ちに声を荒げる彼の元に、起き上がり駆けて来たフレアが並んだ。
「異世界のドラゴン」
冷たい声音で綴られた言葉に……ハーフレンは彼女の横顔を見た。
戦場であっても本当に綺麗で惚れ惚れとする顔立ちをしている。何より相手が、場所と状況を判断してもその手の冗談を言う人間では無いとハーフレンは知っていた。
「何故分かる?」
「情報を得たから」
「……誰から?」
「死んでなければルッテと一緒に」
2人で視線を押されているドラゴンスレイヤーに向けると、建物の方から声がして来た。
「ちょっと~! 何で縄から抜けてるんですか!」
「これぐらいは鍛練でどうにか」
「だからって……なぁ~! 出口が塞がって! 痛い痛い! 胸が引っ掛かります!」
フレアとミシュが同時に瓦礫と化している建物の入り口に目を向け唾棄した。
だがその隙間を縫うようにして通り過ぎて来た男をハーフレンは視界に収める。
「帝国のキシャーラの部下だそうよ」
「目の前のあれもそうだぞ?」
「ええ。でもあっちは上位の人間よ」
一瞬後輩に殺気を放っていたフレアも気持ちを切り替えていた。
自分の仕事を把握している彼女は、一時……彼の副官兼秘書に戻る。
「元大将軍はユニバンスへの亡命を希望しているわ」
「……こんな時に面白い話だな」
ドラゴンの監視をフレアに任せ、ハーフレンは振り返り駆けて来る男を見る。
線の細そうな男性は……その纏う空気から自分の同種だと理解出来た。
汚れ仕事を専門にしている特有の嫌な空気を纏っているからだ。
「初めてお目にかかります」
「詳しい話は後だ。あれの倒し方は分かるか?」
「分かりません」
跪いて首を垂れる男に、ハーフレンはやれやれと頭を掻いた。
「そうなると……ノイエを呼び戻すしかないな」
フレアに背中を叩かれて肩越しに振り返った彼は、大女が片膝を着く後ろ姿を目撃した。
(c) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます