もっと鳴きなさいよ!

 ユニバンス王国内北部街道



「ナガト~! 話し合おう! 気持ちが通じれば人も馬も何かを越えて話が出来るはずだ!」


 全力で手綱を引いて彼は騎乗している馬を止めようとする。

 が、猛スピードで走り続ける巨躯の馬は止まらない。


「いやぁ~! マジで無理ぃ~! 雪も降ってるしさ~!」


 馬の背で声が枯れんばかりに叫び続ける青年を……元とは言え、この国の第三王子だと誰が思うだろうか?

 しかし巨躯の馬は止まることなく、目の前を横切る川に向かい飛び込んで行ったのだった。




 ユニバンス王国内北東部バージャル砦



「あ~っははっ! なに? そんな哀れんだ目で見つめてもダメなのよ! 豚なら豚らしく鳴けば良い! トカゲはトカゲらしく地を這っているのが正しいの!」


 今朝もSの方向に自身の針が振りきれているモミジが止まらない。

 彼女を目の前にして小型のドラゴンたちは何処か尻込みしているようにすら見えるのだが、砦から沸き上がる大歓声に増々調子づく女王様……モミジの前に無残に蹴散らされて行く。


 砦の最上部からそれを見下ろすユニバンス王国の大将軍シュゼーレは、孫娘を見守るような眼差しに生暖かい感情を乗せていた。


「そんなに尻尾を振って誘っているのかしら? こう? こうが良いの?」

「ギャミャァ~!」

「あ~っははっ! 良い声ね! もっと鳴きなさい!」


 人生の中で聞いたことも無いドラゴンの憐れな悲鳴に……大将軍は深く深く息を吐いた。


「アルグスタ様は……真に恐ろしい人だな」

「と、言いますと?」

「妻だけでは無くて、あのような少女までもを手懐けるのだからな」


 副官にそう答えて初老の老人は力無く笑う。

 ただそのアルグスタによって少女の性癖が全解放されたとは誰も知らない。本性を剥き出しにしているのだと思い……そしてその様子に興奮する兵たちの声で増々調子に乗っているのだ。


「私はあれを見てて思う訳だ」

「はぁ」

「……あれと向き合う共和国の兵たちはどれほどの恐怖を覚えるだろうかと。そう考えると彼女をここに配置して自身は北西の砦に向かわれた彼の判断は正しいのかもしれない」

「そうでございましょうか?」


 物凄い存在を押し付けられたような気が……副官はそう思えて仕方がない。

 それを差し引いても彼女の獅子奮迅の活躍によりドラゴンの大軍は半ば消失している。後から来るであろう共和国軍はドラゴンと言う先兵を失った今、どのように行動するのか分からない。

 そこにあの存在だ。


「はははは! こう? これが良いんでしょ? もっと鳴きなさいよ!」


 ドラゴンの尻尾の付け根をカタナで突き続けている彼女の様子に怯えたドラゴンが遠ざかる。

 正直見てて恐ろしい。恐ろしいはずなのだが……盛り上がっている兵たちは何を夢見ているのだろうか?


 生真面目な副官には彼らの性癖など理解出来ない。

 ドラゴンに成り代わってイジメられたいなど……普通考えればありえない思考だ。


「なに逃げているの? わたしはあなた達を皆殺しにすると、ご主人様からすっごいお仕置きを受けるのよ? 分かっているの!」


 と、モミジの中で針が逆方向に振り切れた。

 少女はうっとりとした表情を浮かべ、自身の体を抱きしめてモゾモゾと動く。


「ああ……どんなお仕置きを受けるのかしら……すっごいお仕置きって……ああ……ダメ……想像出来ない」


 ブルブルと全身を震わせて彼女は動きを止めた。

 大きく息を吐いて……悟りを得た賢者のように穏やかな表情を見せる。と、


「逃げずにわたしに踏まれなさいよ! 全部まとめて絨毯にしてあげるわ!」


 また逆方向に振り切れ……それを交互に繰り返し続けながらドラゴンを駆逐して行った。




 ユニバンス王国内北西部ブシャール砦外



 ドラゴンを殴り飛ばしたノイエは、ふと足を止めて東を向く。

 一瞬アルグスタの悲鳴が聞こえたような気がしたが、彼に使っている術は遠いと何も聞こえない。

 少し心の中をどんよりとさせて……ノイエはギュッと拳を握り締めた。


「全部倒す」


 迫って来るドラゴンを見つめる。


「アルグ様に会いに行く」


 一歩踏み出し姿を消す。


「いっぱいする!」


 大振りの拳でドラゴンが吹き飛び……それでもノイエは止まらない。

 1対大軍の状況でも、ノイエは嬉しそうにアホ毛を揺らして殴り続けた。




「あそこに美味しそうな獲物が居るのに……頭に来るね全く」


 木々にその姿を隠し、大女……トリスシアは悔しそうに拳を打ち鳴らす。

 今回の作戦上、彼女はユニバンスの白い化け物とは戦えない。向こうが襲いかかって来れば戦えるが、あれは基本ドラゴンしか目に映らないらしい。


「ああ勿体無いね」


 もう一度拳を打ち鳴らして、彼女は渋々足を進める。向かうは砦だ。


「これで面白い相手が居なかったら、取って返してあの白いのをぶん殴ってやるからね」


 砦攻めなど本来のトリスシアが良しとする戦い方では無い。

 彼女は基本戦場での一騎打ちを望むからだ。


 だが生き残る為にはこれしか無いと言われたら……渋々承諾するしかなかった。

 自分の我が儘で仲間たちが死んでしまうのは面白くない。死ぬなら戦場で死ぬべきだ。


「そう考えると……砦攻めも悪くないのかもしれないね」


 最後に命じられたことを除けばだが。


 唾棄してトリスシアは全力で駆け出した。




(c) 甲斐八雲

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