野菜は嫌
「アルグ様?」
「……」
「んっ」
「……」
「アルグ様?」
ノイエの太ももに顔を押し付けてグリグリとし続ける。時折甘い声が出るのが楽しい。
リアクションに困っているノイエが僕の背中を優しく撫でてくれる。
顔と背中の気持ち良さを味わいつつも今日一日抱え続けている思いに意識を向ける。
「ねえノイエ」
「はい」
「僕が……僕の中身が違うと前に言ったよね?」
「……はい」
今の間は何ですか? お嫁さんよ?
慌てて腕立て伏せの原理で体を持ち上げて彼女の顔を覗くと、ノイエが右を向いて無表情で頬に汗を流していた。つまりそう言うことだ……忘れるか?
「僕は異世界人。体は王家の三男アルグスタだけど……中身はこの世界ではない人です」
「大丈夫」
どう言う意味ですか?
呆れつつ体勢を変えてノイエの太ももを枕にする。
透け透けのキャミソール姿です。薄い服越しに見える胸の形がいつもと変わらず綺麗です。
キャミソール以外の寝間着がメイド長から届いているらしいが、乾期に着るには生地が厚いそうなので寒くなるのが楽しみです。
「今日ね……聞いたんだ」
「ん?」
「アルグスタが……本当のアルグスタがどんな人か」
「……」
「色々と聞いていた話とはちょっと違かったかな」
胸で顔が隠れているからノイエの表情は分からない。基本無表情だけどね。
代わりにアホ毛を見てみたら……気のせいか『?』に見える。器用な毛ですね。
「前の子供騒動の時とか……印象最悪だったけどね。でも彼は彼なりに色々と頑張っていたんだと思うよ」
「……分からない」
伸びて来たノイエの手が僕の胸を撫でる。
「私には分からない」
「うん。ただの愚痴だからね」
「愚痴?」
「そう愚痴」
サワサワと動くノイエの手がちょっと気持ち良い。
と、その手が止まった。
「アルグ様」
「なに?」
「愚痴って何?」
胸越しでとんでもない言葉が降って来たよ。
「愚痴はね……不満とかそんな奴です」
「不満って?」
「……あれです。ノイエは誰かに文句を言いたくなる時とか無い?」
「……文句?」
落ち着いて考えればノイエは基本純粋無垢だからな。他人に対して悪口とか言わない子だしね。
「ノイエは僕に何かこう言いたくなる時は無い?」
「アルグ様に?」
「そう。もっと優しくして欲しいとか」
グイッとノイエが胸の向こうから顔を出して僕を覗き込んで来た。
「頑張って欲しい」
「……そう言うのが愚痴です」
「もっと頑張って欲しい」
「落ち着こうか?」
「あと……野菜は嫌」
「それは許しません」
「……」
やんわりとアホ毛を怒らせたノイエが僕を見る。
しかしここで許すことは出来ません。
「ノイエはもう少し野菜と魚を食べなさい」
「……嫌」
「ノイエ?」
「……」
アホ毛を怒らせたノイエと睨み合う。
でもここでこっちの意見を押し付け過ぎれば喧嘩になるだけだ。押して引くのが交渉の基本だ。
妥協点を必ず準備しておくことが大切なのだ。
「分かりました。ならノイエ」
「……」
「野菜と魚を頑張って食べるなら、僕ももう少し頑張ると約束します。それでどうですか?」
「……本当?」
「旦那さんを信じなさい」
「……分かった」
アホ毛を普通の状態に戻したノイエがまた僕の胸を撫で始めた。
「食べるから頑張って」
「はい」
「……今日から」
「ノイエ?」
彼女の手が僕の胴体を掴むと、クルッと彼女の体が移動してマウントポジションを取られた。無重力を思わせるほどに軽く、そして重さを感じさせないでお腹の上に座った。
本当に術式の完全な無駄遣いですね!
「約束」
「……」
覚悟を決めろ。
って今日はノイエに甘えるはずだったのにどこで選択肢を間違った?
「ノイエ」
「はい」
「掛かって来い!」
膝を抱えて寝ているノイエは本当に猫のようだ。
自由と言う意味でね。それも僕に対してのみ限定だ。
お腹がたぽたぽするほどお茶を飲んで腰を叩き続ける。
この齢で腰を壊さないで欲しいです。
椅子に腰かけて……最近先生が沈黙しているから綺麗なままの机に身を預ける。
やはり大人しく寝よう。もうノイエも流石に襲って来ないだろう。
椅子から立ち上がりベッドの方に振り返ったら……ノイエが僕の懐に忍び込んで来た。
「これで1度死んだよ」
「っ!」
赤い髪、赤い瞳……先生と同じ色なのに彼女は絶対に先生じゃない。
彼女が見せたのは純粋な体術だ。そして白い手が僕の喉を掴んだままだ。
男性を嫌う先生がわざわざ僕の首を掴む理由がない。確認やお怒りモードを除けば余り触れて来ない。あるとすれば枕を使って殴り飛ばしてから、本に持ち替えてタコ殴りなどなら納得だが。
「どちら様でしょうか?」
「へぇ……違いに気づくんだ」
「はい。ここまで露骨に違ければね」
「なら私が誰か分かるまで体験してみるかい?」
全裸の彼女がクスッと笑い……胸元にこぼれる長い髪の毛を掴む。
右手に握ったひと房の髪が槍のようなに鋭くなるって、嫌でも気づくわ!
強化系魔法の使い手で手にした物を槍にする存在なんてノイエの中に1人しか居ない。
「串刺し」
「正解だ」
笑って突き出して来た髪の槍が僕の頬をかすめた。今絶対に死んだと思った。
舌打ちした彼女がもうひと房を左手で掴んで槍にする。
左右の攻撃が棒立ちの僕を穿つ……と言うことは起きない。
「なるほど……これは厄介だね」
「何が?」
「普通にやったらアンタを殺せないってことだ」
笑って槍を手放した彼女の手が僕の首の後ろに回り~っ!
「ぐふっ!」
「これならまだ痛めつけられる」
投げられて床に叩きつけられた。
息が詰まり目を回していると、彼女が胸の上に座り込んで来た。
あの~。出来たら全裸で胸の上に座らないで欲しいです。全部見ちゃいますから!
(c) 甲斐八雲
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