帰れば良いのに
「これが参謀たちが再提出して来た計画書ですか?」
「そうだ」
ノイエとお別れのキスをして登城したら、そのまま国王様の執務室に連行された。
メイド長の有無を言わさない案内って卑怯だと思います。
ソファーに座りメイド長から手渡された……第何稿だっけ? 忘れるほど手直しを受け続けている書類に目を走らせる。
「ん~」
「どうした? 何か疑問があるなら言って欲しい」
「僕は軍事は全くなんで自信は無いんですけどね」
そう前置きをして素直な感想を口にする。
どうも根本的な何かを間違っている気がするんだよね。確かに前回は
「そこを食い破られたらダメでしょう?」
「参謀たちの意見では『防げるはずだ』と言うことだな」
「そんな仮定の話を鵜呑みにしてたら事務仕事なんて出来ません。『大丈夫』だと納得出来る数値なりを持って来て下さい」
「……商人みたいなことを言うのだな」
苦笑したお兄様が椅子から立ち上がると僕の向かいに腰を下ろした。
宰相をしていた頃は行方不明な人だったのに……最近はずっとこの部屋に居る。むしろ家に帰っているのか?
「最近帰ってます?」
「いいや。日中に軽く戻る程度はしているが……何か?」
「疲れた顔してますよ。それと暇を持て余しているチビ姫が毎日のように遊びに来てます」
少しやつれている顔に渋い表情を浮かべ、次期国王が首を振った。
「キャミリーが迷惑を掛けているのなら近寄らないように伝えるが?」
「それじゃあチビ姫が可哀想じゃないですか。それに僕の部屋は、お菓子を美味しく食べる人には自由に出入りを許してますから」
軽く笑って彼は深く息を吐いた。
「私はどうも真面目過ぎるらしい。お前やハーフレンが羨ましく思える」
「馬鹿兄貴の方はもう少し勤勉さを覚えた方が良いみたいです。どうせ今日も呼び出してあるのに来てないんでしょ?」
「あれは現場主義だからな」
「そう言って甘やかすから書類の山が消えずに残るんですよ」
「お前は本当に厳しいな。アルグスタよ」
膝に肘を置いて身を乗り出したお兄様がこっちを見る。
やつれていてもイケメンだ。羨ましい。
「時折……その立ち振る舞いに昔のお前の面影を見ることがある」
「あ~。そう言われても僕には分からない話です」
メイド長がこの部屋に居ないと言うことはたぶん完全に2人きりだ。
そうじゃ無ければこの話は出来ない。まあメイド長なら聞かせても問題無い気がするけどね。
「機会が無くて聞き忘れていたんですけど……前の僕ってどんな奴だったんですか?」
「気になるか?」
「ならないと言ったら嘘になります」
「そうだな。良い機会だ。知ってる限りを伝えておこう」
座り直して、真面目な相手の視線をこちらもちゃんとして受け止める。
「端的に言えば……」
「あの~。アルグスタ様」
「ん? 何さ」
「……朝からずっとふさぎ込んでいるので体調が悪いのかと」
「そう言って僕をこの部屋から追い出してクレアと仲良くですか? イネル君もすっかり色に染まって来たね。色欲って言う奴に」
「違いますから!」
あわあわと慌てながら全力否定するイネル君をよそに、机に向かいペンを走らせていたクレアが嬉しそうに顔を上げた。どうして色欲で反応するのだこの馬鹿はっ!
丸めた紙を全力で投げつけて、リトル性欲モンスターを退治した。
「何かあったんですか? アルグスタ様がそんな刺々しいのも珍しいですよ?」
「そうかな?」
でもそう指摘されると言うことは刺々しいんだろうな。
今日の分の仕事は終わっている。残っているのは急ぎでは無い奴だから明日でも問題無い、か。
椅子を引いて立ち上がると、終わっている分の書類をイネル君に手渡す。
「気分転換にお城の中を歩いて来るわ。そのまま帰るかもしれないし、また戻って来るかもしれない。だから2人でいかがわしいことを始めないようにね」
「……帰れば良いのに」
「クレアさん。何か言いましたか?」
「いいえ別に」
澄ました顔でそっぽを向きやがる。なんか最近、遠慮とか分別とかどっかに忘れて来てないか? ここは年長者としてビシッと叱らねばな。
クレアの席に向かい歩いていき、ビクッと怯えて身構える馬鹿の頭に手を乗せる。
「良いか? 何事も急いでやる必要は無いんだよ。今は今しか出来ないことを存分に楽しむ……それだって十分に楽しいことなんだ。気ばかり
これでもかと頭を撫でて……呆然としているクレアをそのままに部屋を出た。
お城のバルコニーでゴロンと横になって空を見る。
一瞬視界を横切ったのは……僕を見つけてテンションでも上がったか? 本当に可愛いなノイエは。
まあ今は良い。今夜たっぷり甘えるから楽しみは残しておこう。
空に向かってため息を吐き出し……僕は何とも言えない気持ちに首を振る。
聞いた限りではたぶん生来のアルグスタは、この国をどうかしたいとか考えてなかったんだと思う。
政治に長けた長男。軍事に長けた次男。その2人に追いつくために努力をしていたのだ。
『普段は遊んでる振りをしながら噂話などを集めていたらしい。そこから自分に対し使える情報を拾いあげて生かそうとしていた。
たぶんアルグスタは自分なりに努力をしていたのだろうな……我々もルーセフルトの一族と言う存在を知っていたから、彼を最初から色眼鏡で見てしまっていた。
今思うともっと上手くやれたのではないかと思うことも正直ある』
お兄ちゃんの言う通りだ。
たぶんアルグスタももっと上手く立ち振る舞えたはずなんだ。
「どうして反発するのかね……兄弟は仲良くしてる方が良いのにさ」
でもこれは一人っ子だった僕の願望なんだよな。
実際アルグスタとして生きて来ていたら……僕はあの2人とどんな関係だったのだろう?
(c) 甲斐八雲
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