はっ恥ずかしいです

「使い終えたドレスですか?」

「うん」


 この手の情報はお城の中でも最古参に入るメイドに聞くのが良い。

 ただ彼女の場合はメイド歴自体は短いけど、人生経験は豊富な頼れる人だ。


「一般的には処分しますね」

「だよね」

「ええ。それで?」


 何となく儲け話だと察したメイド長がグイグイと迫って来た。


「実は先日うちのルッテが『ドレスは高くて買えない』と不満を口にしててね」

「確かに。騎士見習いでは安い物でも難しいでしょう」

「そこで考えた訳です。貴族から使わなくなったドレスを買い取って、それを洗ってから売る訳です」


 しかしメイド長は納得いかないのか首を傾げる。


「……一度使われているから買われないと思いますが?」

「そこは売る相手を貴族とするから売れないんです。商人のご婦人とか騎士のご婦人とか、ドレスを着なければいけないのに買えない人たちに売るのですよ」

「なるほど……それは面白い」


 執務室で仕事をそっちのけでメイド長と話を詰める。


「貴族たちは新しい物を買って貰うから現在居る仕立て屋さんたちは困らない。場合によっては下級貴族とか生活の苦しい人たちにも売れるよね?」

「そうですね。確かに収入のある貴族は『新しい物を着る』ことを誇るでしょうね」

「うん。それで差が生じるのは仕方ないけど、でもきっと奥さんに痛んだドレスを着せていることを悔しく思っている旦那さんって結構居ると思うんだ。そう言う人たちも安く買えれば喜ぶと思う」


 商人の顔つきになって来たメイド長がグイグイ迫って来る。


「……ならアルグスタ様」

「はい?」

「針子を雇い入れて仕立て直すのも手です。全てでは無く一部を直すだけでもドレスの印象が変わります。そうすれば雇用する者も増えるでしょう」

「悪く無いな」


 センターテーブルに紙を広げて湧いて出て来たチビ姫に書記をさせる。

 次期王妃の使い方としたら間違っているがこの執務室内はある種の治外法権だ。使える者、暇を持て余している者は国王でも使う。


「ならおにーちゃん。ドレスを解いて生地で売ったら良いです~」

「それも悪く無いな。場合によっては痛んだドレスの生地を使って服とか?」

「服にするにはそれ相応の腕が必要でしょう」

「針子の問題が出そうだな。でも生地で売るのは悪くない。それを使って自分でドレスを作る人が出て来ればその人を雇えば良い訳だ」


 ポンとメイド長が手を打つ。


「ならコンクールを開いて賞金を得られるようにすれば釣れます」

「ほほう。釣った人を雇う訳ですね」

「ええ」


 メイド長とニタ~と笑って話を煮詰めた。


 本当に有意義な時間を過ごせた。ケーキ屋さんの方は結構趣味で運営しているから儲けは少ない。だがこっちの古着業は上手く行けば儲けが出るはずだ。出た儲けは全部プールして何かあった時に回せるようにしておきたいな。


 とりあえず古着を集めることから始めよう。




 主な仕事場はドラゴンの処理場であるが、必ず待機所に来てからその場に向かう。

 今朝のモミジは普段通り出勤したのだが……挨拶する"同僚"たちが一瞬驚いた様子で目を瞠る。

 自分の衣服が替わったことに驚いているのは理解していた。


「あら? 早速変えたの?」

「おはようございます」

「ええ。おはよう」


 副隊長のフレアは信用の出来る人物だと理解しモミジは良く懐いていた。

 ただ彼女は気の強い同性を好む自身の性癖に気づいていないだけだが。


「どうですか?」

「そうね……もう少しスカートが短くても良かったと思うけど?」

「それでは足が出過ぎます。はっ恥ずかしいです」


 頬を紅くして腰の前で手を組む相手にフレアは優しく微笑みかける。

 ひざ下の丈のスカートで恥ずかしがるモミジとしては、これでも短く感じる。今までずっと踝まで届く着物を着て足を隠していたから特にだ。

 足元はブーツ。それからスカートと服の上から皮の鎧。黒い髪をポニーテールにして、腰には家宝のカタナを下げている。


「最初は慣れないでしょうけど……着物は洗うのが大変なのでしょう?」

「はい。それに余り持って来ていないので」


 準備不足で仕事を始め、早速生じた問題が着替えであった。

 着物と言う特別な衣服に寮の使用人たちも洗い方が分からないので、洗濯もモミジ自身がやるしかない。

 結果として毎日着れないと悟り、相談したフレアの意見を参考にユニバンスの女性騎士が最も着る傾向の強い衣服となった。


「大丈夫。似合っているわよ」

「本当ですか? 嬉しいです」


 少しスカートを抓んで軽く振る少女の様子にフレアも目を細める。

 真面目で素直な部下の存在に……フレアは心の何処かで癒しを得ていた。


 と、兵たちのざわめきを耳にしてフレアも顔を動かす。

 普通よりも何倍も大きな馬が歩いて来る。


「は~い。おはよう」


 馬から夫婦で降りた上司たちが、フレアに気づき歩いて来る。

 乗っていた馬は勝手に馬小屋の傍に歩いていき、水を飲み出す。


「「おはようございますアルグスタ様」」

「おはようフレアさん。モミジさん」

「……おはよう」


 妻を腕に抱き付かせて歩いて来る彼に、モミジが少し拗ねた表情を見せるのを不思議に思いながら……フレアは上司たるアルグスタを正面から見る。


「本日はどのようなご用件で?」

「いや……ルッテのドレスがうちに届いたから持って来たのよ」

「でしたら隊長に……」


 軽く首を振る彼に、輸送事故を恐れての行為だと理解しフレアは何とも言えないため息を吐いた。


「それでルッテは?」

「はい。食事の仕込みを終えて朝の確認をしているはずです」

「なら少し待とうかな。で、ノイエさんや……そろそろ着替えてお仕事しようね」

「「……」」


 何故かモミジとにらみ合い火花を散らしている妻に彼はやんわりと声を掛けた。

 と、また兵たちのざわめきが……




(c) 甲斐八雲

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