普通にドレスを着ようよ
夕方過ぎに屋敷に着いたらお城からの御呼び出しが……ノイエに頑張って貰ってそのまま直行した。
城内の大会議室に役職持ちが集合し、話し合いの場が持たれている。
と、馬鹿がこっちに気づいて大声を発して来た。
「遅いぞ馬鹿」
「今日はノイエと出掛けるって言ったでしょう」
「本当に出掛けるな。普通は不測の事態に備えて待機しているもんだろう?」
「ノイエが居なくて破たんするなら計画立案から見直して下さい」
「……イジメるな。今参謀たちが泣きながら立案し直している」
馬鹿兄貴の軽口に会議室内の一画に暗い影が落ちた。あの辺りに王国軍の参謀さんたちが居るのか。
腕に抱き付くノイエをそのままに会議室の一番奥……王家の人たちが勢ぞろいしている席に向かう。
自分の隣を指さす馬鹿兄貴の隣に夫婦そろって腰を下ろす。
「説明どうぞ」
「そうだな」
簡単に言えば予定よりもドラゴンが集まり過ぎて戦線に綻びが発生し、その部分をドラゴンに突破されたと言う話だ。今回は念のために前列を王立軍。後列に近衛の二段構えで対処しておいたお陰で大事には至らなかったらしい。
「予定の範囲を超えたんだから参謀たちは悪く無いでしょ?」
「超えることがあるかもしれないと予測して計画するのが仕事なんだよ」
僕の言葉で救われた表情を見せたのに、馬鹿兄貴の言葉でまた地獄に突き落とされた。
上げて落すな……可哀想に。
「でもモミジさんの迎撃は成功したんでしょう?」
「ある意味な」
「ある意味?」
「ああ」
疲れた様子で馬鹿兄貴が頭を掻く。
「各所で対応しきれなくなったドラゴンが処理場に殺到してな……モミジが対応できる数を上回った。
結果として、祝福で防御に徹してドラゴンを引き付けて貰っている隙に各個対応して数を減らして行く。なかなか大変な仕事をさせられたぞ」
「まっそれを含んでの試験運用です」
「確かにな」
だからあっちでノイエ小隊の3人が机に突っ伏して寝てるのね。ただモミジさんよ……食べてる途中で寝るのは女の子としてはどうかと思うぞ?
「馬鹿弟よ」
「はい?」
「会議が始まるぞ」
大将軍などと話していたお兄様が壇上に立って演説を始めた。
まあ僕としてはノイエの顎の下を撫でながら……きっと明日から山のように来るであろう書類に恐怖を覚えた。
「書類の山は予定通りだ」
「いや聞いて無いし」
「言ってないから案ずるな」
「言ってよ!」
クレアがマジ泣きモードで切れた。
事務方なんてものは後始末で泣くのが仕事なのだから諦めが肝心だぞ?
ただ元気なクレアとは違いぐったりしているイネル君が心配だ。
「どうしたイネル君? また体調でも崩したか?」
「……アルグスタ様。たす」
「大丈夫! イネルはわたしが面倒を見るから!」
ちょっと待て? 今一瞬『たす』と言う言葉が聞こえたが、続きは『けて』では無いだろうな?
イネル君の口を塞ぐようにクレアが抱き付いて甘えだしたから……そっとしておく。
大丈夫。2人があれ~なことをしたと言う報告は来ていない。
ただ最近イネル君の自家発電の回数が増えたとか……若いから抑えが利かないのだろう。
それかクレアを我慢させ過ぎて搾り魔と化したか……たぶんこっちが正解だろうけど。
「はいはい。不満を口にしてても仕事は減らないんだからさっさとお仕事しますよ」
「「はい」」
と僕らが書類の山に立ち向かい始めると、扉が開いてチビ姫が顔を出す。
ただ室内の真面目な空気を察して……棚に向かってお菓子の箱を回収すると、そのままお辞儀をして去って行った。
この国の王妃って自由過ぎやしませんかね?
「アルグスタ様。先日の報告書です」
「……だよね。そうだよね。ルッテが持って来るんだよね」
「どうしたんですか?」
クレアとイネル君が机に突っ伏している様子を見ながら……流石の僕も肩を竦める。
「これ以上仕事を増やす屑が居るとか、どこの誰が喧嘩売ってるのかとちょっと考えただけ」
「喧嘩を売るも何も……上司に報告書を提出しに来ただけですよ?」
「だよね。だからこの怒りを持って行く先が無くって」
力無く笑って椅子に圧し掛かる。
疲れたよ。処理するよりも届けられる書類が多いとか狂ってやがる!
「あの~。アルグスタ様?」
「ほい?」
「先日使用した術式矢の補充の件は、何処に請求書を回せば良いんですかね?」
「……」
一瞬他に押し付けようかと思ったけど、回り回って余計な書類と一緒に帰って来そうな気がする。
「会計はクレアの仕事だからそこの机に置いといて」
「……」
何も言わずクレアが机の下へ沈んで行った。
大きな胸を震わせて書類をクレアの机に置いたルッテが戻って来る。結構容赦無いな……この巨乳。
「あの~アルグスタ様」
「次は何?」
「はい。前から申請しているお休みをですね」
「却下」
「はやっ! ひどっ! 何でですかっ!」
正気か君は?
「どこの世にお見合いするから、獣を狩りに行くのに休みを請求する14歳女性が居ますかっ!」
「……居ますって! この大陸を隈なく探せばきっと!」
「居ないからっ!」
断言したらルッテが数歩後退した。
ショックなのはむしろこっちなんですけどね!
「ならわたしに何を着て行けと言うんですか!」
「……普通にドレスを着ようよ」
「ダメです! あんな高価な物……庶民のわたしからしたら敵です!」
「……」
あ~そっか。狩人の出であるルッテからすると、1着でひと月分の給金が消えるドレスを簡単に買えないよな。
あれ? これってもしかして……商売にならないかな?
「あの~アルグスタ様?」
「何か儲け話が舞い降りて来た気がするから」
机の引き出しから木製の割符を取り出し僕のサインを入れる。
前の世界で言う小切手の替わりになる物だ。
「これで好きなドレスを買って来なさい」
「……良いんですか?」
「良いよ。もしかしたら凄く良い案が浮かんだ気がするから」
「ありがとうございます。ありがとうございます」
割符を受け取ったルッテの感謝よりも、古着の方が気になって仕方ない。
リサイクル業って、この世界だとどうなんだろう?
(c) 甲斐八雲
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