断空
「……」
「……」
ノイエはそれを見つめどうすれば良いか悩んだ。
"ずっと傍に居て欲しい人"がベッドの上で膝を抱いて座っている。
顔を軽く傾け床の一点を見つめている相手に対し……ノイエはどうすれば良いのか分からなかった。
ベッドの上を這って近づいてきたノイエが何も言わずに抱き付いて来た。
柔らかい感触で心休まる。それは良い。それは良いんだけどね。
僕はもう自分の直感なんて信じない。
合同実験は問題はちょいちょい発生したけど終わった。
5日間と決められた実験の為に1年かけて準備して来た学院の人たちは、目を血走らせ隈まで作って会場となるノイエ小隊の待機所へ来た。
1年間の成果を発表する場なので、学生や教授たちの意気込みが半端無い。
報告書を書く時間すら勿体無いらしく、それぞれが会場に来ても怒号を飛び交わして準備を進める。
ドラゴン退治の片手間で魔力発生装置と化したノイエの手伝いによって新作の魔道具がお披露目されて行く。
見てて楽しいものも結構あったけど……3分の1は魔力の暴走から爆発して終わった。
そんな楽しい5日間を過ごし、燃え尽きた学院の人たちはまた来年を夢見て帰って行った。
本当に何も起こらず平和でした。あの日感じた漠然とした嫌な気配は何だったんでしょうか?
思い出すと恥ずかしくなって来る。
「アルグ様」
「……うん」
スリスリと頬を擦り付けて甘えて来るノイエが可愛い。
分かった。つまり全てを忘れてノイエを愛でれば良いんだ。
フラグだと思ったのに空振りするなんて良くある話だ。
「アルグ様?」
「がお~」
「……ダメ。そこは……」
「演習の方は壮絶だったらしいね」
「ですね~。まあ馬鹿王子は負けず嫌いですし、王国軍の人たちは良い所見せて近衛に取り立てられたいって欲がありますからね~」
待機所の掃除をしながら、僕は合同実験の6日目を迎えていた。
事務処理の方はイネル君とクレアが執務室の方で頑張っているはずだ。2人きりだからって良い雰囲気になれるとは限らない。ちゃんとメイドさんに監視させている。
こっちは抉れた土を均したり、空いた穴を塞いだりなどの本当の後始末だ。
僕が来たのは忘れ物が発見された場合の対処の為だ。一応貴重品だから確認して学院に送り返さないといけない。
「忘れ物と言う名の廃棄品しかなさそうだけどな」
「ですよね。箱に詰めて返せば良いと思いますよ」
ボードを手にミシュがやる気無さそうに後を付いて来る。
焦げた謎のマッチョ像とか、崩壊したピラミッドっぽい置き物(?)とかそんなのばかりが見つかっている。
「にしても隊長は朝から元気ですね」
「……昨日の夜から元気です」
襲いかかったのに気付いたら立場が逆転してました。
まあドラグナイト家の寝室ではよく発生する不思議現象なんですけどね。
「……幸せな人間はみんな死ねば良いと思う」
「呪うな呪うな」
「どっかの同僚は昨日許嫁を拉致して帰ったまま今日欠勤なんですけど?」
「公休扱いになってたよ」
姉に脅されたらしいクレアが、泣きながらイネル君と書類作りしているのを今朝見てからこっちに来たしね。
「それでどこかの胸だけ後輩は、お見合いの日が迫ってておかしくなってますし」
「それは知りません」
着ていく服が無いとかで『熊狩りしに行くんでしばらく休んで良いですか?』とかふざけた申請書が来てたな。
何処の世界にお見合いの席でリアル熊の着ぐるみを着て出席しようとする?
「ノイエ小隊の役職組って……常識無いのかな?」
「上司が一番無いらしいですけど」
「よ~しこの売れ残り。誰に喧嘩売ったか教えてやろう」
「かかって来いや! この糞上司!」
売れ残りの後ろに白い影が発生してブンッ! とちっさいのを放り投げた。
あっと言う間に飛んで行ったミシュが落したボードを拾っていると、トコトコと歩いて来たノイエがキスをせがんで来る。
軽くチュッとして頭を撫でていると……はて? 誰でしょうか?
「すみません」
「はい?」
「こちらにドラゴンスレイヤーさんが居ると伺ったのですが」
「はい?」
女の子だ。見た限りノイエと同じ歳ぐらいに見える黒髪黒目の着物姿だ。
腰の前辺りで横にして持つ棒は……まさか日本刀か?
「誰?」
「えっと白い人と聞いていたので……」
女性がノイエを爪先から頭の上のアホ毛まで見て確認する。
確かにノイエは基本白い。装備品がプラチナ製だから見た目が本当に白いんだよね。
「貴女ですね」
クスッと笑った女性が荷物を放り投げ、そっと鞘から……やはり日本刀だ!
「私の名前はモミジ・サツキ。貴女を倒して……最強の称号を頂くで良いんですかね?」
トンっとノイエに押されたと思ったら地面を転がっていた。
したたかに打った頭を押さえつつ身を起こすと、ドラゴンを前にしても警戒しないノイエがガードするように両腕を顔の前に構えていた。
「邪魔な人を退かしていただきありがとうございます。これで本気を出せます」
流れる動作でモミジと名乗った女性が刀を横に薙ぐ。
「断空」
「っ!」
何らかの衝撃を受けてノイエが吹き飛ぶ。
それも鮮血をまき散らしながらだ。
「ノイエッ!」
慌てた僕からその声は自然と放たれていた。
(c) 甲斐八雲
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