凶悪で恐ろしい術式
「どこぞの馬鹿弟がこんな糞忙しい時に怪我してペンも握れなくなるなんて……俺はこの不満と怒りをどこにぶつければ良いんだ?」
「痛い。マジで……ごめんなさい」
部屋に来るなりどこぞの馬鹿兄貴が僕の両腕を握りやがった。
十分過ぎるくらい不満と怒りをぶつけてますから! 弟に対する虐待してますから!
しばらく軽く握られ続け……ようやく解放された。
「で、その感触からして腕にプレートを埋めたって報告は本当らしいな?」
「ほいな」
呆れた様子で兄貴が頭を掻いた。
「お前馬鹿か?」
「馬鹿に馬鹿と言われる筋合いは、痛い痛い」
だから握るな。まだ完全に癒着して無いんだか。
これでまた裂けでもしたらノイエとのお風呂が遠ざかる。
「どうしてそんな無茶をする?」
「ん~。僕ってほら……弱いからかな」
隠しても仕方ないんで正直に言う。
強がって強くなるならそうするけど、弱い僕がいくら強がっても弱いままだ。
「だから自分の身を護る力を欲したか?」
「ん? この力は逃げる為の力です」
「逃げる?」
訝し気に見て来る相手に大きく頷き返す。
「僕のことはノイエが護ってくれるからね。だから彼女が来るまでの時間稼ぎを考えています」
「つまり守備的な術式だと?」
「ええ。右腕はね」
と、軽く右腕の包帯を撫でる。
「で、左は?」
「教えませ、痛い痛い」
だから握るなって。この兄貴は鬼か?
「正直に言っとけ」
「ん~正直にね」
余り口外したくない類の術式なんだよね。つか言えない。これって僕の祝福を使うノイエの為に作って貰った術だしね。
「うん。こうしよう」
「おい」
「待ちなさい馬鹿兄貴よ」
握ろうとして来る相手の腕から逃れる。
「正直に言うと『すっごく凶悪で恐ろしい術式』としか言えないんだよね」
「……ほう」
あっ疑ってる。
「なんせこのプレートの作者は、あのアイルローゼだから……それで納得してくれる?」
ピクッと額の血管を動かし馬鹿兄貴が真面目な顔をした。
「……どこで手に入れた?」
「金に物を言わせました」
ある意味間違っていない。プレートを買い漁ってアイルローゼ先生自身に刻んで貰っただけだ。
「……使うとどうなる?」
「さあ? 僕もどうなるか分からないから使いたくないんだ。だから『アルグスタは凶悪な術式を左腕に仕込んでいるらしい』ってことで宜しく」
「……はぁ~」
ガシガシと馬鹿兄貴が頭を掻いた。
「そう言うことにして抑止に使うってことか?」
「だね。何か良く分かんないけど僕ってあっちこっちから恨まれてるしね」
「自覚あるだろう?」
「無自覚ですが何か?」
だから腕を掴もうとするな馬鹿兄貴よ。使っちゃうよ……右腕の方を?
右腕の包帯の上を軽く左手で撫でながら魔法語を放つ。
ポンと生じた銀色のシャボン玉のような球体に触れた馬鹿兄貴の手が机の上に落ちた。
バン! と大きな音をして……少し加減を間違ったっぽい。
「……これって自重操作の魔法か?」
「知ってるの?」
「ああ。昔怒ったフレアに何度かやられた」
「こわっ!」
でも流石フレアさんだな。この魔法を使えるなんて……何処から漏れたんだろう?
しばらくすると机に張り付いていた馬鹿兄貴の手が解放された。
軽く握って伸ばしてを繰り返し具合を確認した兄貴が頭を掻く。
「確かそれって触れないとダメだった気がしたんだがな」
「だね」
「……右に2枚か」
「そう言うことです」
両腕だから計4枚入れましたけどね。
何故か頭を振って馬鹿兄貴が今度は僕の頭を撫でて来た。
「お前って本当に凄いな」
「……褒めてる?」
「いや馬鹿にしてるな」
「もう一発お見舞いするよ?」
あははと笑って馬鹿兄貴が撫でていた僕の頭をグイッと後ろへと押した。
勢いに負けて椅子に腰かけると、ヘラヘラとした様子で彼は部屋を出て行った。
「む~」
良い感じで遊ばれた気がする。
でも一発で成功して良かった。成功率まだ低いからな。
通路を歩くハーフレンは相手の執務室から十分に離れたことを確認し、自身の背後に話しかけた。
「あの馬鹿が何処でプレートを手に入れたか確認しろ」
「ですが主。あの発言は冗談では?」
「かもしれん。だがアイツは基本嘘吐きだ。ある意味王家の血を確りと引いている」
「……分かりました」
背後から消えた気配を確認し、ハーフレンは通路を進む。
(それにしても自重操作の魔法か……)
嫌なことを思い出して彼は頭を掻いた。
昔、正室候補だった少女をからかい過ぎては逆襲で食らった魔法がそれだった。
風呂の湯舟で食らって沈められたり、ある時など腹の上に乗られてから使われて体が二つに折れるかと思ったこともある。
(懐かしいな)
苦笑気味に笑い、彼は足を止めて外を見た。
最近はノイエの活躍もあって王都は比較的平和だ。
だが10年以上前は治安も悪く殺人などが発生しやすい場所であった。
(国が富み治安が良くはなって来たが……人間の本質は変わりはしない)
嫉妬などの負の感情から生じる人の汚さを数多く見て来た彼は、やれやれと頭を掻いた。
「この国一番と呼ばれる強い嫁を得ておきながら……アイツは何処までも貪欲すぎて困るよな」
泣き言染みたことを言うしかなかった。
恐れて全てを投げ捨てた自分とは違い、全部受け止めて行く弟の姿に、だ。
(c) 甲斐八雲
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