Main Story 07
お風呂代は頂きますからね
「あらモミジちゃん。そんなに荷物を抱えて……無理しなくて良いのよ?」
「大丈夫です。これでも少なくしましたから」
大人の男ですら数度に分けて運ぶ荷物を抱きかかえ歩く少女が、長い黒髪を頭の後ろで1つに束ね、まるで馬の尻尾のように振っている。
白い肌に黒い瞳などこの地方には見かけない特色だが、彼女が言うには大陸西の田舎からやって来たらしい。
荷馬車に荷を運び終えた少女は、他の女たちと一緒にお茶を飲み話し出す。
当初の目的を完全に忘れ……少女は隊商の一員として帝国領で商いの勉強をしていた。
「この糞虫がっ!」
「カエデ。もう少し言葉に気をつけなさい」
「……なら糞虫の主たる兄様はその手癖の悪さをどうかした方が良いかと」
「……大丈夫。息はしているよ」
可愛い妹の渡航先は判明した。
だがゲートに張り付く守衛たちは、恐ろしい勢いでゲートの使用を迫る男女に対して、なけなしの勇気を振り絞り拒絶した。
『決まりです。貴方たちが使うのなら国王陛下と村長の許可を得て来て欲しい』と。
国王の許可はあっさりと取れた。城に押しかけ脅迫したら、涙ながらに署名してくれたのだ。
だが問題は村長……父親だった。息子と娘が自分のことを探していると知った村長は、その日から逃亡者となった。全力で山林を駆け回り痕跡一つ残さない。
それでも兄妹は彼を追い続け……ようやく捕らえたのだが。
「まさか叔父様を身代わりにするだなんて」
「その通りだ。たかが村長が影武者など要らないだろう」
地面に放り出した叔父を見つめ、兄妹はまた振り出しに戻ったことに苦笑する。
最後まで激しく抵抗した叔父の口の堅さが災いし、父親の居所は分からず終いだ。
『この儂が口を割ることなど無い。この硬い口を割れる物なら割って見せよ!』と、まるで拷問の修業でも課せられた気分になったが、叔父はどんな手を使っても口を割らなかった。
全身をビクビクさせながら、尻に薪を突っ込まれている叔父はどこか幸せそうだから無視しておく。
まさか拷問を受けたくて……不意に浮かんだ思考に兄妹は同時に頭を振って追い出した。
「だがあれを捕らえねばゲートが使えん。歩いて行くにも時間がかかるしな」
「そうね。どこかの糞虫と一緒に旅をしたら、モミジに会う前に私の清らかな体が汚され尽してしまうわ」
「うむ。もう十数年前であったら危なかったな」
「おい糞虫。その言葉の意味を分かるように説明しろ」
父親を見つけられないことと、触れてはいけない兄の言葉に妹が険悪な視線を向ける。
「あはは。言葉の通りだともカエデよ。昔のお前は本当に可愛かった……」
「良し分かった死ね」
腰の物を抜いて襲いかかる妹。それをひらりひらりと交わす兄。
2人が通り過ぎた場所の木々は断たれ……無計画な伐採が続けられた。
「ん~」
湯上りの少女は鼻歌交じりで歩いていた。
隊商の人たちは皆良い人ばかりで、何も知らない自分に色々なことを教えてくれる。
読み書きが出来るくらいで1人前だと思っていた少し前の自分が恥ずかしくなる。
旅をするにはもっといろいろな知識が必要だったのだ。
何より商売は面白い。人との触れ合いや会話などとても新鮮で……ハッと何かに気づいて少女は足を止めた。自分は一体何しにここに来たのか思い出したのだ。
「危ない危ない。今日の鍛錬を忘れてました。手を抜いた数だけ腕が鈍ると姉様も言ってましたし」
スッと軽く腰を下げて少女は佩いているカタナを抜き放った。
キンキンと甲高い音がして、地面に投げナイフが転がった。
瞬間的に目を向け確認したが、刃には紫色の液体が付着している。
(毒か何かですか……)
つまりは可憐で清らかな自分の貞操を狙った暴漢などではなく、別の都合で襲いかかって来た者たちであることを理解した。だがそう安直な考えは危ない。痺れ薬で痺れさせてから襲われる可能性もある。
隊商の女性たちから教わった知識がこんな場所で役に立つなんて……やはり知識は大切だと少女は噛み締めた。
「何者ですか?」
「……」
返事はない。だが少女は相手が5人一組であることを感じていた。
「私の名はモミジ。もう一度問います。何かご用でしょうか?」
「……」
ジリッジリッと相手が間合いを詰めて来る。
だが気配がしても姿が見えない。確実に4人が迫って来ているのにだ。
「なら少し痛い目を見て頂きましょう。それで話してくれると良いのですが」
軽く一歩踏み出した少女は、放たれた矢の如き動きで一番遠くに居る暴漢の元へ走る。
咄嗟のことで反応が遅れていたが、相手も投げナイフを飛ばし迎え撃って来た。
「なっ!」
だが体捌きだけでナイフを交わした少女……モミジは、相手の懐にまで入り込むと拳を作り腹を打つ。
まるで丸太に殴られた衝撃を食らった暴漢は吹き飛び、地面を転がった。
「不思議な術ですね。分身とか言う物でしょうか? 気配だけを分離して動かすなんて……今度兄様に教えてあげましょう。きっとやってくれそうです」
色々と規格外の兄だったら、今見たことを説明すればやってくれるはずだ。
「さて……」
地面に転がる黒装束の男にモミジは冷ややかな視線を向けると、近寄って相手の懐に手を伸ばした。
「折角お風呂に入って汗を流したのに……お風呂代は頂きますからね」
確りと代金を回収し、そして少女は相手を見つめた。
「それで私に何かご用でしょうか?」
(c) 甲斐八雲
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