小じわ出来た?

 ルッテはいつも通り祝福を使って"見て"いた。お城から馬で出た先輩の気配が何とな~く良くない感じなのだ。自然と閉じていた片方の目を見開いて、祝福が宿る目を閉じる。

 普段通りの視線で部屋の戸まで歩いて進み、真新しい鍵を動かして施錠する。


 これで大丈夫のはずだ。

 呼び出された場合は色々と良い訳をして籠城しようと心に誓った。


 ノイエ小隊の待機所となっている場所に単騎で馬が入って来る。この場所に一人で来れる者はそう居ない。副隊長の二人ぐらいだ。騎士見習いの少女ですら急ぎでなければ乗り合いの馬車を使う。

 ただ隊長であるノイエに至っては1人で徒歩で来るからある意味論外だ。


 待機所は郊外と言う場所に存在する都合、単騎での移動はドラゴンと遭遇した時に数段の危険が生じる。それでもその危険を物ともしない実力を持つ者のみが実行可能なのだ。

 ミシュはその逃げ足の速さから可能とする。そしてフレアは持ち前の魔法の力でドラゴンの攻撃から逃れられるので可能となる。ルッテは祝福を使用しながらドラゴンの位置を把握し突破するということが出来るが、途中で空腹になるから極力そんな無理はしない。


 王国有数の実力者でも撃退では無く逃走を第一に置くのが普通だ。


 馬に乗った美しい女性は、ひらりと飛び降り地面に立つ。

 手綱を引いて馬小屋へと向かい馬を預けると、軽く頭を振って……その視線で辺りを見渡す。


 待機所では日々兵士たちが訓練をしながら襲撃に備えている。誰もが屈強な男性である。あるはずなのだが……フレアと視線が合った瞬間誰もが顔を背ける。

 正直触ったら火傷で済まなさそうな表情をしているからだ。


「なに便秘3日目みたいな顔してるかな~。止めてよね~」

「……殺すわよ?」

「おーおー。怖い怖い」


 触るな危険を具体化した様子の美人にヘラヘラと笑う少女が歩み寄る。

 気軽な感じで近づく売れ残り……勇敢な上司に、屈強な兵士たちはこの後の展開がどっちに転がるのかを案じた。


「って、何その右手は? 包帯グルグル巻きとか……壁でも殴った?」

「本当に煩いわよ」

「へいへい。だったら耳を塞いで部屋の中で書類仕事でもどうぞ。あっその手じゃ無理か。あちゃ~。だったら仕事休んで部屋で寝てれば良いのに。来るだけ邪魔」

「……」


 ギリッと奥歯を噛みフレアは自分の背に手を回す。

 だがそれを解き放つ前に相手が懐深く飛び込んでいた。


「馬鹿王子から話を聞いたのなら黙ってなさい。貴女まで動けば貴族間で争いになる」

「……」


 ギリリと奥歯を噛んで、フレアは自分の胸の内で荒れ狂う感情をねじ伏せる。

 こんなにも……毎日会える場所に居たのにもかかわらず、妹のことを全く気づけなかった自分が情けなくて我慢出来ないのだ。


 違う。本来の自分なら気づけたはずなのに……心を乱されて全く気づくことが出来なかったのだ。

 余りにも自分が不甲斐なくて、ついその怒りを話してくれた彼にぶつけてしまった。受け止めると思っていたのに、拳は彼の顔面に届いていたのだ。


 それもあってフレアの心は増々荒れていた。


「この件はアルグスタ様が動く。あの人は身内には優しいけど、敵対する人には容赦ない傾向があるから……まあ後始末が必要になるなら上からの指示で私が動く。だから今回は動かず黙ってな」


"ユニバンスの猟犬"と呼ばれていた頃の表情でそう囁いて来たミシュは、ポンポンとフレアの胸を鎧の上から叩いた。


「これだって決して大きいと思わないんだけど……私よりほんの少し大きいくらいでしょ?」

「……こっちに関しては怒って良いのよね? 良い憂さ晴らしね……死になさい」


 左手で器用に腰の短剣を抜いたフレアはそれを振りかぶりミシュに向け振り下ろす。寸前で回避したミシュはケラケラ笑いながら逃げ回る。

 途中『尻が重い』だの『足が太い』だのフレアに悪口を飛ばし、火に油を注ぎ続けるミシュは……最終的に言ってはいけない言葉まで口にしていた。


『小じわ出来た?』


 少し……ほんの少し気にしていたフレアの"それ"を踏み抜いた結果、怪しげと言うより逝ってしまった形相のフレアがその場に誕生し、ミシュに向けてあらゆる攻撃を開始する。

 流石に背中の"影"を使わない分別は残っていたのか、怒り過ぎて忘れていたのかは分からないが、王国屈指の魔法使いであるフレアの攻撃に流石のミシュも命の危険を感じ、背と胸のデカい後輩に救援を求める。


「あっごめんなさい。服があれしててこれしてるから無理です」

「あれしてこれしてるって何が!」

「え~。……また胸が育ってはち切れそう?」


 争っていた2人はその言葉に急ブレーキをかけると、何故か協力してルッテが室内から出れないようにする。

 しばらくすると尿意を催したルッテが泣き叫びながら、ドアを叩いて命乞いをすることとなった。



 ノイエはドラゴンを退治する手を止めて……そんな部下たちの様子を見て首を傾げる。

 喧嘩したり仲良くしたりする様子を見てて理解出来なかったのだ。




「結局仲が良いってことじゃ無いの? 喧嘩するほど仲が良いとか言うしね」

「……はい」


 ノイエの話から僕はそう推理する。

 フレアさんへの言い訳をどうするか色々と考えていたけど、どうやらミシュがクレアのことを話してくれた感じかな? じゃないと2人が喧嘩っぽいことをする訳ないしね。


 ペタッとベッドの上で座っているノイエはいつも通り透け透けキャミソールな訳です。

 これも決して悪くは無いのだけれど……違う衣装も見てみたい。今度メイド長に相談してみよう。


「アルグ様?」

「……黙って見てなさい」

「はい」


 分かっているともノイエさん。君からすれば僕がやってることは児戯に等しいことだって。でも僕からすればこの冷蔵庫のプレートを発動させるのもハードルが高いのです。

 習った通りに意識を込めてプレートに指を走らせる。

 呪文を唱えながらスマホをスクロールする感じだ。まあ反応しないんですけどね。


 何度か挑戦して……結局出来ず、イチャイチャしたいノイエにプレートを略奪されてあっさりと発動させられた。


「こう」

「……次回頑張ります」

「はい」


 プレートを箱に戻し、少し胸を張って自慢げなノイエの態度にイラッとしたから、ツンと張り出された胸をガッチリ両手でホールドしてベッドに押し倒した。


 次こそは~っ!




(c) 甲斐八雲

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