貴方で4人目よ

「パ○ラッシュ……へへ……何だか凄く眠いんだ……あはは……って寝るわっ!」


 気合で起きると部屋はいつも通りに明るかった。

 最近思う訳です。この寝室の明かりって日中にしか消えて無くない? 毎晩煌々と照らしているとかどんな貴族様かと……あっ自分上級貴族のドラグナイト家当主でしたね。


「で、覚えたの?」

「……無理です。何なんですかこの拷問は?」

「貴方が覚えたがっている魔法語よ」


 呆れ果てた口調で返事が来る。


 寝室の隅に置かれている椅子に腰かけ本を片手に、僕の自慢のお嫁さんがこっちを見て来る。

 普段なら全体的に白い感じのする美人だけど今は赤い。でも間違いなく美人だ。いつもなら優しいお嫁さんなのに。


「さっさと覚えなさい。犬でももう少し覚えるはずよ」

「くぅぅ~っ!」


 冷ややかな視線で冷たい言葉を吐き出して来るのは、彼女が本来のお嫁さんじゃ無いからだ。

 彼女……ノイエの中に棲んでいる数多くの仲間の1人であるアイルローゼ先生が、本日は出て来て僕に魔法を教えてくれている。


「何がどうしたらこんな文章を読んだら魔法語になるのさ? 意味が分からないよ」

「……本当に低能ね。そんなことなんて考えなくても良いのよ。魔法とはそもそも不思議を具現化する行為なのだからその不思議を読み解こうとして解ける訳がないのよ」


 ものすっごく冷たい視線が僕を見る。

 おかしいな……その体はシーツを纏っただけのエロい格好なのに、視線一つでエロさが吹き飛んでいるよ。


「胸に目を向けている暇があったら詠唱の言葉を覚えなさい」

「……息抜きを求む!」

「なら冷たい飲み物が欲しいわ」


 顎で使われてるし。


 仕方なくベッドから降りて近くに置かれている鉄製の箱を開く。中からひんやりと冷気が溢れて来て、中から良く冷やされた紅茶を入れた大きめの木製グラスのようなピッチャーを手にする。


「どうぞ」

「ん」


 会話していたことすら無かったかのように、彼女の視線はまた本へと向けられていた。

 最近はメイドさんたちにメモ書きで命じて魔法関係の本を買い漁っているっぽい。お蔭で寝室に本棚が置かれ、そこに並んでいるのは結構高額な専門書ばかりだ。


「どうして魔法関係の本って高いのかな?」

「……本来魔法って物は秘匿しておきたい知識なのよ。だから食えない魔法使いが泣く泣く本にして売るの」

「身も蓋もない説明をありがとうございます」


 そそくさと彼女の傍から逃げ出し、ベッドに戻ってまた本を手にする。

 先生が『魔法の初歩の初歩。それを覚えて初めて勉強開始よ』と言われた本を見ているんだけど……僕の素直な感想とすると、念仏と言うか祝詞みたいな物が延々と書かれている。


「眺めるよりも口にしなさい」

「はい。"猛き者。猛き者。煌々と燃える猛き者……"」


 学校で本の朗読をする感じで読み続ける。

 魔力を持つ人がこの文章をちゃんと正確に読めるようになると、自然と口から魔法語として発音されて魔法が使えるようになるらしい。だから目下僕の勉強は延々と朗読することとなっている。


「先生?」

「飽きるのが早い」

「否定はしないですけど、これってちゃんと言えるようになると魔法語になるんですよね?」

「そうよ」

「なら術式の方って何が書いてあるんですか?」

「魔法語よ」


 呆れた様子でため息が聞こえて来た。その返事が僕を悩ませる最大の敵なんだけどね。

 正しい発音をすれば魔法語になるって言ってるのに、魔法語が書けるってどんな仕組みよ? ならその書いた魔法語はどこから湧いて来るのよ?


 当たり障りのない言葉で質問をしたら盛大なため息が返って来た。


「そんな馬鹿な質問をしたのは……貴方で4人目よ」

「うわ~い。馬鹿の仲間が後3人も居たよ!」


 大好きな人から蔑まれた視線を受けるのって結構心にダメージが大きいんです。その代り背筋がゾクゾクして来て変な趣味に目覚めそうだけど。


「で、その3人にどんな返事をして来たの?」

「……言えば自然と魔法語を唱えられる。つまり書けば自然と魔法語が書けるってことにもなるのよ」

「はい?」


 シーツを纏っている姿だから彼女が足を組みなおすと、結構ギリギリのスレスレで危ない。色々と本当に危ない。僕からすれば眼福でしかないけど。


「どこ見ているの」

「……済みません」


 絶対零度の視線の直撃に恐怖し、素直に謝っておく。


「ちゃんとした知識と魔法の成り立ち、魔法の構成や魔法の仕組みなどなどを理解して、正しい言葉で正しく刻めば魔法使いの手は勝手に魔法語を書くわ。でも新しく魔法を作れる人なんて100年に一握り程度よ。今プレートに刻んでいる人たちだって、貴方が持っている本のような『書くべき言葉』を知っているから書けるのであって、それを知らなければ書けやしない」

「へ~」


 何となく納得。とすると……僕は自然とお手製冷蔵庫を見た。

 あの中には共和国の魔女が書いて送り返して来たプレートが入り稼働している。


「実は先生のプレートを見て刻んで送り返して来た共和国の魔女って凄いの?」

「……まだまだだけれどもね」


 僕からすれば凄いと思うけど、先生は安定の辛口評価だ。


「さっきも言ったけれど、ある程度の知識を持っていればプレートに刻まれた魔法語を見ただけで何が書かれているかおおよそ理解出来るものなのよ」

「だから魔女さんは理解出来たんでしょ?」

「理解……しているのなら刻みが甘かったり雑だったりしないわ。どうにか同じ文章を真似して書いた程度よ。それぐらいならグローディアだって出来るわ」

「へ~」


 適当に相槌を打っていると、また冷ややかな視線が僕を見ていた。


「読書が進まない。それと死ぬ気で覚えなさい」

「……出来ないと?」

「そうね」


 珍しくクスッと笑い彼女が僕に微笑む。


「このままの格好でお城まで歩いて行ってこようかしら?」

「オラの本気を見せてやる~っ!」


 ノイエのエロい格好は僕だけの物ですからっ!




(c) 甲斐八雲

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