人見知りで臆病で引っ込み思案
「にょおぉぉお……」
「苦し……きぼちわる……」
二日酔いと食べ過ぎで目を回している2人に視線を向けてフレアは深く息を吐いた。
昨日のことを、式の様子を少しでも聞こうと意気込んで来たと言うのにこれだ。
諦めと言うか虚しさに襲われつつ、粗大ゴミと化している2人を無視して、まずは自分の仕事を済ませることを優先した。
「あれですよね。何をどう間違えれば人の尻が胸につくのか?」
「お尻は言い過ぎですよ?」
「あん? あれを尻と表現しないで何て言うの?」
「……赤ちゃん2人分?」
「授乳しながらぶら下げているのね! なんて高度な!」
お昼休憩。
どうにか復活した2人から式の様子を聞くフレアは、何故か胸=尻の話ばかり聞かされていた。
「あんなに大きいと弓とか使えないですよね」
「そうそう。引いた弦が戻って来た時に胸をこうパシッとって私の知らない痛みだよっ! 良く分からんが自慢なのかこのおっぱい人め~」
「だからミシュ先輩。揉まないで下さいっ!」
「いぃ~ひっひっ! その無駄な脂肪を搾って搾って搾り尽してくれるわ~っ!」
挙句痴態が始まり終る気配を見せない。
フレアは呆れつつも放置してため息を放つ。
この2人に聞こうとしたのが間違いだった。
「報告書を提出に行くからほどほどにね」
「助けて下さいよ~」
「……ほどほどにね」
全てが面倒臭くなってフレアはさっさとその場を離れる。
と、入れ替わるように全体的に白い色合いのノイエが歩いて来て通り過ぎた。
「あれ隊長? 何ですか? ふむふむ……アルグスタ様ともっとこう『凄い』ことをしたいんですね。任せてください! ここに良い実物大の人形があるんでこれで!」
「いやぁ~っ! 何か最近わたしの扱いが酷過ぎます!」
「ふっ……君に恨みは無いんだ。恨むなら君のその乳を恨めたまえっ!」
「あ~ん! ……あっ」
フレアは一度も振り返らずに自分の馬へと向かった。
「馬鹿兄貴の結婚式?」
「はい」
「ん~。胸が凄かった」
何処に行ってもこれか。一体あの男はどんな基準で……そんな基準だ。
殺意にも似た感情を抱いてフレアは全てが面倒臭くなった。
「まあ式自体はごく普通だったと思うよ」
受け取った書類を確認しながらアルグスタがピラピラと捲り続ける。
「たぶん僕の時と同じかな? ってあの時のノイエ小隊は全員待機所だっけ?」
「ええ。隊長が居ないので城を守る近衛以外は郊外にてドラゴン対応でした」
「そっか。なら詳しくと言っても……長い話を聞かされて、2人が入って来て宣言。それから誓いのキスしてお終いって感じだね」
サラサラと書類にサインを入れて彼はそれを確認済みの山に置く。
「僕の時は誓いのキスの後でノイエが仕事で出て行って大変だったけどね」
「そうでしたね」
その時の話ならフレアも覚えている。
共和国との国境にあるバージャル砦に多数のドラゴンが接近し、急遽ノイエが駆り出されたのだ。後始末に出向いたのが自身であったから忘れようもない。
「では式は無事に終わったのですね?」
「うん。乱入とかも無く無事だったね」
次の書類を見ながら答えるアルグスタは、チラッと視線を前に立つ女性に向けた。
「何か騒ぎでも起きた方が良かった?」
「いえ。そんな失礼な」
「僕的には何か起きれば良いと思ったけどね」
クククと笑う彼はどこまで本気か分からない。
仲は良いはずなのだが、何かあるとハーフレンと言い争っている。
たぶん仲が良すぎるのだろう。
「ところでアルグスタ様」
「はい?」
「本日クレアは?」
彼の部下である2人が居ないことが気になり問いただす。
1人は妹だから余計に気になったのだ。
「あ~2人共、昨日食べ過ぎて動けないから休むって」
「今から行って全てを吐き出させてきます。失礼」
スッと身を正し出て行く彼女の背を見てアルグスタは思う。
あれのどこが『人見知りで臆病で引っ込み思案』なのかと。
パチッと目を覚ましたノイエは天井を見上げ自身の状態を確認する。
まだ全身が火照っているようでどこか息苦しさすら覚える。でも程よい疲労が心地良い。
良く分からないけれど、これが『凄い』と言うものなのかも知れない。あとでうっすい副隊長に後で聞いてみようと思う。
微かに頬を緩めて、自分の隣で眠る人物へと視線を向ける。
穏やかに寝ている相手を見つめ、良く見ようと体を起して覗き込む。
自分を違う名前で呼ぶのは怖い。でも彼はいつも一緒に居てくれる。
怖い冷たいのと暖かなのを胸の中に感じながら、ノイエは自分の体を動かし顔を近づける。
キスをして顔を上げ相手を見つめる。
大丈夫。彼はいつもと変わらない。一緒に過ごして来た……優しい?
自分の思考が良く分からなくなりノイエは一度考えを止める。
分からなくても分かることはある。彼はきっと"優しい"のだ。
皆が自分のことを別の生き物のように見て来るのに彼だけは常に優しい。
胸の奥がポッと熱くなってノイエはまたキスをする。
キスする度に胸の熱いのが一瞬取れるが、またすぐに熱くなる。
何度も何度も唇を交わしていると、重たそうに彼の目が開いた。
「……もう誰よ? シュシュ? お願いだからノイエの体で遊ばないで」
「……」
静かに閉じられた彼の目から逃れるようにノイエはベッドから逃げ出した。
部屋の隅まで逃げて膝を抱いて震える。
怖い……怖い。
自分の知らない名前が。何よりも彼の言葉が分からない。
怖い……怖い。
その日からノイエは、アルグスタと一緒に寝ても必ず背を向けるようになった。
彼のことが怖くて……顔すら見れなくなったのだ。
(c) 甲斐八雲
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