初めまして王子
「魔法の師とな?」
「はい」
「ふむ」
腕を組み、エロ親父こと国王様が考え込んだ。
そっちの件はパパンに丸投げしておいて、急ぎの話し合いとなった。
帰宅しようと思ったら国のトップたちから呼び出しを受けた。
一部将軍たちが事務の大変さを認め白旗を振り出したそうだ。
結果として僕らがこっそり作っている印刷機の進捗具合が急務となった訳だ。
「この印刷する文字を一文字ずつ分けた理由は?」
試作品の説明を読むイケメン宰相お兄ちゃんが質問をして来る。
「入れ替えればどんな文章でも作成可能だからです。ただ集めて並べて確認する人員とかが必要となりますが、それは読み書きの出来る者を新しく雇うことで雇用の促進ってことで。
文字を読むことさえできれば女性や子供にも出来る簡単な仕事ですから、それなりに使えるはずです」
「なるほどな。城で使う書類などは城で働くメイドにやらせれば良い。今後国内に広がった時はそのようにすれば確かに雇用を生む訳か」
納得したイケメンお兄ちゃんが感心しまくりだ。
でもこれって僕の知恵じゃないんだよね。
印刷用のハンコを集め並べた話などお年寄りから結構聞いたことがある。ただそれだけです。
「問題は同時作業で作りはしましたが、使用に耐えられるのは3台のみ。あとは現在手直しに回っているのが2台と廃棄にした方が早そうなのが3台です」
「実質使えるのは3台と言うことか」
本当の意味で"使える"と言うレベルです。
何となくで試行錯誤を繰り返して、どうにか使えるレベルになったくらいなんです。
だって僕……印刷機とかコンビニのコピーぐらいしか知らないしね。
頑張って作ったのだって、うろ覚えの知識と版画の様子を思い出して必死に知恵を絞った結果です。
「正直ここからは確りとした技術を持つ人たちに丸投げして競わせた方が早そうな気がします」
「それも一つの手ではあるが……」
何か問題でも? 実はあれに気づいてる?
僕の疑問にお兄ちゃんが答えてくれる。
「この手の技術は間違いなく共和国が欲しがる。広めるとあの国が奪ってしまうのだよ」
盗作の問題ね。
「別に良いんじゃないですか? 共和国が良い物を作ったら、その印刷機を見本にして新しく作れば良いんです」
「印刷の技術を秘匿しないと?」
意外な様子でお兄ちゃんがこっちを見て来る。変なこと言ったかな?
「秘匿も何もまず大陸の西の方にこの技術があるって話ですしね。なら共和国のことだから印刷のことぐらいは知ってるんじゃないですか? だったらユニバンスが使い出した時点で絶対に真似ます」
「一理あるな」
「だったら隠さないで、むしろ声高に宣伝しましょう。問題があるとしたら……」
「あるとしたら?」
これはまだ過程な話なので、余り口にしたくない。
何より確認するためにも魔法の知識が欲しい。
「確実な返事をする為にも魔法を学びたいんですよね。で、誰か居ますか?」
「うむ。王族に教えられる者は現在一人だけだ。ただその者は地方の都市に移り住んでいる」
「何でまた?」
ずっと思案していた王様が渋い表情を見せる。
「弟子がな……アイルローゼと言う者なのだ。知っているか?」
「名前だけですけどね」
10年前の事件の報告書の中に名前があった女性だ。
確か最悪の魔法を開発して恐れられたユニバンス史に名を残す魔女の一人だ。
「アイルローゼは知的な遊戯などが大好きで、その才能から誰もが作ることの無かった術式を作った稀代の魔女だ。
その『術式の魔女』と呼ばれる彼女の師であればと考えたが……アイルローゼの一件は最も凄惨な事件となってしまってな。その責任を自ら取る形でこの王都から離れ今では隠居している」
「そうですか」
そして先日現れたノイエを動かした人物の正体も分かった。
今度知恵の輪でも作って置いておこう。たぶん釣れるな。
「その人以外には?」
「実力でだけなら居るが、人格とまでになると難しい」
「困ったもんですね」
仕方ない。最終手段を使うか。
「それでアルグスタよ」
「はい?」
渋い表情で国王様が言葉を続ける。
「お前の印刷に対する危惧とは?」
あ~。まあ良いか。皆で考えれば何か生まれるかもしれないし。
「専門の人に聞かないと分からないんですけど、印刷することで"術式"の大量生産が出来るんじゃないのかってね……そんな風に思ったんですよ」
どこぞの魔女が言ってたよね? 『術式を刻んだプラチナ製のプレートを体内に埋める』って。
つまり紙に書くことで代用できるはずなんだ。理論はまだ分からないけど。
その言葉に国王とお兄ちゃんとが難しい顔で動きを止めた。
「仮に出来るとしたら、逆にそれを早く押し進めることで相手への抑止にはなるとは思うんですが」
対処方法としてはこれかな?
でも王様がまた渋い表情を見せる。
「要らぬ誤解を与えて争いの火種になるかもしれんな」
「はい。兵器に使えると知れば今度は帝国が騒ぐでしょう」
お兄ちゃんの指摘が心配の種なんです。
「それは十分に考えられるな。シュニットよ」
「はっ」
「至急宮廷の魔法使いたち確認を取れ」
国王様の指示に、今度はお兄ちゃんが渋い表情を見せた。
「気を付けなければそれを使おうと考える者が出て来るやもしれませんが?」
「無論だ。だが確認せねばなるまい。我々は魔法について無知過ぎるしな」
「畏まりました」
それから一応使用出来る印刷機を全てお城に搬入することで話が纏まった。
「あれ?」
「……」
頭の使う話ばかりで軽く頭痛を感じながら執務室に戻ったら、ノイエが一人きりで待っていた。
薄暗い室内でソファーに座り膝を抱いている姿とか、儚くて物凄く可愛いんですけど。
「遅くなってごめんね」
「……」
と、そこで僕は気付いた。
彼女の眼の色が違う。文字通り色が違う。完全な赤だ。
眠そうな表情で僕を見つめて来る彼女。誰だ?
「初めまして王子」
「……誰?」
「今、貴方が一番会いたいと思っている人物かと」
心当たりは一人しか居ない。
「……アイルローゼさん?」
彼女の返事は、口角のみを微かに動かす薄い笑みだった。
(c) 甲斐八雲
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