お肉だ~

「お肉だ~っ!」

「お肉だ~」

「お肉だ~っ!」

「お肉だ~」


 熱せられた網の前でテンション上げ上げのクレアが、両手にトングを持って喜びを体現している。その隣では、キャミリーが何かの儀式と勘違いでもしているのか真似をして声を上げている。


 近衛の鍛練場の隅を勝手に占拠して僕らは焼き肉の準備を進めていた。

 訓練中の近衛の人たちが恨みがましい視線を飛ばして来るが知らん。

 この場所の管理者たる馬鹿王子の許可は取ってあるから文句など言わせんよ。

 まあ酒樽を何個か、お裾分けで兵士たちの休憩所に運び込むように手配してあるけどね。


「お肉だ~っ!」

「お肉だ~」


 クレアの馬鹿は隣の少女が誰だか分かってないのか? それかテンション上げ過ぎて色々トリップしているに違いない。

 ほらどこかのお姉さんが事の重大性に気づいて……肉切り包丁を両手に持って妹に向かい出した。


 アカン。これでは本当に怪しい儀式になってしまう。


「ルッテ。フレアさんを止めて来てっ!」

「嫌ですよ。あんなキレた先輩の傍に寄ったら、わたしまで痛い目を見るじゃないですか」

「間違っていないが隣に居る子に解体作業の現場を見せたら拙い」

「あれ? あの子って……あれ? あれれ?」


 一応貴族の子ってことにしているから着ているドレスは普通な感じなんだよね。

 一見するとごく普通の貴族の子にしか見えないのも大問題な気がするけどさ。


「アルグスタ様? あの子って」

「うん。次の王妃様」

「……フレア先輩っ! そこで解体は拙いですっ! 出来たら物陰でコッソリとっ!」


 駆けて行ったルッテが体を張ってフレアさんを止めている。

 ただ正面から体当たりして行ったからフレアさんの顔面がルッテの胸に挟まれてたな。あれでターゲットがルッテの胸に変わると良いんだけど。


「そんな訳でミシュよ」

「済みません。今離れると育てたこの子たちを隊長に回収されるんで」


 されてしまえ。


「ノイエ……食べて良し」

「はい」

「うなぁ~っ! アルグスタ様~っ! 何か恨みでもっ!」

「特にないけどあのちっさい子を回収して来て。代わりの肉なら焼いとくからさ」

「……分かりました」


 悲しみを背負いミシュがお転婆な次期王妃様の回収に向かった。


 唯一イネル君だけが場の空気に紛れて黙々とお肉を堪能しているが、彼はこれから馬車での移動が待っているからそんなに食べられないしね。

 時間的にも量的にも。ならそっとしておいてあげよう。


「こうして外で食べるのって悪く無いよね」

「……はい」


 どこか嬉しそうにノイエがアホ毛を揺らした。




「アルグスタ様?」

「何だ売れ残り」

「最近アルグスタ様の評判悪いっすよ~? その暴言を自然と吐くあたりから直した方が良いかと」

「あはは。馬鹿だな~。事実を言うのは暴言じゃないんだぞ?」

「くたばれこの糞上司っ!」


 殴りかかろうとしたミシュは目の前に現れたノイエの存在に、そのまま地面を滑り土下座した。

 凄い……スライディング土下座をこんな異世界で目撃することになるとわっ!


「で、軍部の方で本当に評判悪いですよ」

「全く。職務怠慢に対して罰を与えたら逆恨みするなんて、この国の将軍共は人間が出来て無いな」

「人間が出来てる将軍たちは、誰かの"無能"発言で職を辞することを願いましたしね」

「なら残っているクズ共も掃除して風通しを良くしてあげようか」


 悪役のように高笑いしたら、ミシュが心底呆れた様子で肩を竦めやがった。


「暗殺者に声掛けてる馬鹿も居ますけど?」

「……っえ?」


 流石の僕もフリーズだ。


「マジで?」

「本当です」

「またまた。ミシュったら冗談キッツイわ~」

「現実逃避はそれぐらいで。事実です」

「のぉぉぉぉぉおおおおお~っ!」


 やり過ぎた? やり過ぎました?

 って自分たちのミスを指摘されたぐらいで何て心の狭い奴らだっ!


「良し。ノイエをけしかけるか」

「殺されるまでに相手が分かると良いですね」

「そうでした~っ!」


 しまった。諜報員とか僕の手駒に居ないっす。これはあれか……筋肉王子に泣き付くしかないのか。


「ちょっとハーフレンお兄様とお喋りをして来ますわ」


 令嬢チックな走り方で動き出そうとしたら、ミシュから声が飛んで来た。


「そんなハーフレン王子から、『お前への苦情処理で疲れた。自分の尻は自分で拭け』だそうです」

「あの糞兄貴め~っ! ノイエ。あそこのあの窓の所に、ここの匂いを流し込んで来て」


 コクッと頷いたノイエが、大きな布袋を手にしてクルクル回ると、飛ぶようにして筋肉王子の執務室の窓に張り付いた。

 うむ。なんか凄い映像を見たけど気にしない方向で。


 今はそれどころじゃ無いしね。


「ヤバい。マジでどうしよう?」

「やりたい放題しておいて、報復ぐらい考えておいて下さいよ」

「あ~。元第三王子だからそんな無茶しないかなって、テヘッ」

「元王子だから無茶出来るんですよ」


 椅子代わりに運び込んである空のワイン樽に座り、ミシュがブラブラと足を振る。


「将軍たちをイジメて何を企んでるんですか?」

「ん? あれよあれ」

「あれ?」

「ルッテ~? 試作って今持ってる?」

「は~い」


 クレアとキャリミー相手にフードファイトしていたルッテがこっちにやって来る。

 何故か胸元から試作品を取り出しやがったよ。


「あの胸自慢する後輩の肉を削って良いですか?」

「もうしばらく待って。これが完成したら好きにして良いよ」

「って何でわたしの胸がそんな酷い扱いにっ!」


 プンスカ怒るルッテから試作を奪い広げる。


「……報告書ですか?」

「そ」

「これが何か?」

「うん」


 最近暇そうにしていたルッテに命じて作らせている物。


「この報告書って印刷した物なんだ」




(c) 甲斐八雲

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