宝物

 スヤスヤと眠るノイエの頬はまだ微かに濡れていた。

 優しく抱き締めてその背中を撫でる。


 過去の話を無理に言わせたから、彼女が悪夢を見ないか心配になる。

 言わせたくなかったんだけどな。本当に空気の読めない馬鹿兄貴だ。


 優しく背中を撫でて、そっと彼女の頭にキスをする。

 この辺にアホ毛がある訳だから……ブルッとノイエが震えた。


 断片的に伝わって来た彼女の言葉を纏めると、どうやら"カミュー"なる人物は、ノイエが居た施設で彼女のことを大変優しく接してくれた人らしい。

 余りにも優し過ぎて周りの人たちが地獄を見ているような酷い話もちらほら拾えた。


 そう。彼女は生きていたんだ。

 処刑済みのリストにその名前が記載されていたのに。

 つまり他にも生きていた人が複数いたことになる。

 ちょっとした確認作業がとんでもない地雷になるとは……大失敗だ。


 でもそれだったら僕のすることは1つだ。全ての話をここで封じてしまえば良い。

 ノイエは自分から過去のことを話したがらない。加えて今日の告白の後に『僕以外の人にこの話をしない。約束だからね』と約束したからもう絶対に言わないはずだ。


 でもどうして、処刑されたはずの人たちが生きてノイエと一緒に暮らしていたんだろう?

 考えられるのは、その高い能力をドラゴン退治に……本当かな?


 だったら別に罪人を使う必要はない。何より罪人である以上、表舞台には立てない。


 そう考えると……もう1つ不思議な点がある。

 結果と言うか、成果を望んで子供たちを戦わせて共食いさせたと聞いた。


 どうしてだ?


 そもそも殺し合いをさせた理由が分からなかった。

 強い子供たちを複数抱えてドラゴンと戦わせた方が絶対に良いはずなんだ。

 つまり罪人の口封じの為に皆殺しにしようとした……そう考えるのが正解だろう。


「嫌な話だね。ノイエたちは家族だったのに……殺し合いを命じられただなんてね。本当に酷い話だよ」


 もう一度頭と背中を撫でて、彼女の額にキスをした。




 パチッと目を見開いたノイエは相手を見る。

 いつも通り安心しきった表情で寝ている。


「ねえ? グローディアが死んでるんだけど」

「カミューと違ってお姉ちゃん扱いされてなかったのがショックだったのね」

「あはは。そうじゃなくて、名前を覚えられてない方がショックだったんだと思うよ」

「煩いわね? 磨り潰して殺すわよ?」


 ほぼ全員が逃げ出したので、代表としてグローディアが宝物ノイエの体を動かす。


 抱きしめられている腕から逃れ、彼女はそっとベッドから降りた。


 裸足のまま絨毯の敷かれた床を歩き、壁に掛けられている鏡を見つめる。

 あの頃……自分たちが愛し慈しみ大切にしていた存在がそこにあった。


 最年少で才能など全くない祝福を2つ持つだけの少女だ。

 いつ大人たちに見限られて処分されてもおかしくなかった少女を、自分たちが愛でることで生かし続けた。


「私たちは罪な存在。生きていることが、生まれたことが、強い力を得たことが……」


 そっと手を伸ばし鏡に映る少女に手を伸ばす。


「あの日、あの時……『恐怖の目』に見られた者たちの末路でしかない」


 どんなに言葉を繋いでも、自分たちが犯した罪は理解している。

 あの日……国中で力を持ったある一定層の少年少女が狂ってしまった原因。


「大罪人は私1人だけなのに。あとの者たちは……大半が巻き添えなのに」


 そっと息を吐き出して少女は壁に背を預け天井を見上げる。


 子供の頃は一人ぼっちの室内で良くこうしていた。

 王家に連なる両親が屋敷に居ることの方が少なく、自分はその才能から魔法や術式に没頭することで寂しさから目を背けた。

 だからあれが起きた時に迷うことなく研究に没頭した。


 滑るように壁に預けている背中を擦らして床に座る。

 膝を抱えて……込み上がって来る感情に蓋をする。


 泣けない。大罪人である自分が泣くことなど許されない。


 深く深く……肺の中が空になるほど息を吐き出した少女は、そっと視線を、顔を上げて凍り付いた。

 目の前で"彼"がしゃがみこちらを見ていたのだ。


「もうノイエ。寝相悪すぎ」

「……」


 驚き固まっている少女を抱きかかえ、少し震えながらベッドに運んでくれる。


「アカン。左腕がビックリするほど衰えた」

「……」


 何も答えずに居る少女の頭をポンポンと撫でて、彼は屈託のない笑顔を向けて来た。


「そろそろノイエを戻してくれると助かるんだけどな」

「えっ?」

「やっぱり違ったか」


 カッと顔を紅くして、グローディアは自分が騙されたのだと気付いた。


「うわっと!」


 飛びかかり相手を組み敷いてその手を相手の首にかける。


「殺す」

「ちょっと待ってて」

「言ったら殺す。言おうとしても殺す」

「……」

「あの子は何も知らない方が良い。だから伝えようとすれば殺す」


 その小さな手で相手の首を絞めながら、少女の冷たい目に彼はコクコクと頷き返す。


 見ている限り約束を違う気配のない人物だと理解はしている。

 だから少女は相手の返答を信じて首から手を離した。


 と、その手を掴まれ転がされて……形勢が逆転した。


 今度は組み敷かれる状態となった少女が、抵抗しながら逃れようとする。


「乱暴はいけません」

「している方が何を言う」

「……これは躾です」


 クスッと笑って彼が頭を撫でて来た。

 いつもされているように優しい感触だった。


「お願い。そろそろノイエを戻してくれるかな?」

「断る。この姿が好きだから」

「そう? ならこっちも最終手段を使うからね?」

「……」


 厳しい視線もどこ吹く風か、彼はポンポンと頭を撫でるとゴロっと横になった。


「明日中に戻ることになるんだから……今戻ることをお勧めするよ?」

「いいえ。逆に見たくなったわ」


 体を起して少女は嗤う。


「貴方が何をどうしたら私の気持ちを変えられるのかを」




(c) 甲斐八雲

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