怪我人だからだっ!

「へい患者よっ! 何故お前が患者なのか分かるか?」

「……坊やだからです」

「違うな! 怪我人だからだっ!」


 だ~ウザい。この逝っちゃってる系のテンションはマジでウザい。


 今朝はあの後に色々とあって完全に出遅れたけど、無事にお医者様の元に来て診察を終えた。

 やはり完治していた。たぶんノイエが使える術式を僕に使いまくってくれたお蔭だろう。


 今日の医者はどこぞの山岳民族の様ないでたちだ。毛皮の服を着ている。服と言うか熊の全身の皮を剥いだような毛皮を頭から被っているような感じだ。


「先生? 医者なら医者らしい格好をしましょうよ」

「患者よ。医者らしい格好とは何だ?」

「あれです。基本的に白くて清潔な感じ?」

「ちっが~う! 清潔な感じだったら服など着るなっ! 服を着ること自体汚れを纏う行為にほかならないっ! ワタシは~今から~全てを解き放って~診察をする~っ!」


 おもむろに毛皮を脱ぎだそうとした医者の背後に人影が……。


 ゴスッ!


「お父様。いい加減にしてください」

「へい娘よ……」


 容赦のない娘の攻撃に医者が股間を押さえて蹲る。

 股の間から綺麗に爪先がクリーンヒットする様子を目撃したよ。


 と、隣のノイエが軽く足を振っているのでそっと手を置いて辞めさせる。

 あれは子供を求める君が決してやってはいけない行為だからね?


「アルグスタ様。申し訳ございません」

「いえ大丈夫です」

「黙って治療していれば……まあ色々と問題は多いですが」


 苦笑気味に笑う彼女は、マッドな医者の娘さんだ。

 年の頃は15ぐらいかな? 本来のノイエと同じぐらいの背格好をしている。

 二人は実の親子では無いらしいが……あんな人に嫁ぐ人なんて居ないだろうから納得かも。


「父も悪気があってあんな風にしているのではなくて……後遺症で」

「仕方ないよ。祝福を後天的に得た人はね」


 死にかけ奇跡的に助かった人が得た場合は、精神を病んでしまっていることがあるらしい。

 あの医者はその例の一人だ。高い場所から落ちて奇跡的に助かった。そして祝福を得たが、代わりに死への恐怖から精神を病んでしまったらしい。

 普通死にそうな体験をすればそんなこともあり得る。


 そっとノイエの頭を撫でる。

 クリリとした目を向けて来る彼女は、お子様特有の柔らかな感じの表情だ。


「それでアルグスタ様。あの~」

「はいはい。前回のは王家から支払われてる?」

「ですね」

「なら今回の分ってことで」


 ノイエが診察台の上に持参した袋を置く。

 ドサッと響いた音に彼女が目を点にした。


「……っ!」


 確認の為に封を解いて中を覗いて、驚いて仰け反ってからまた覗く。


「アアアアアルグスタ様っ!」

「診察のお代です」

「ですって……いくら何でも多過ぎますっ!」

「そう? でもうちは王国で有数の高給取りだからね。収入の約一割……それがここの決まりでしょ?」

「ですけどっ!」


 この診察所には決まりがある。

 診察を受けた者の収入の一割の支払いと決まっている。つまり無収入の人は払わなくても良いのだ。


 その話を小耳に挟んでから色々と聞いて回った。

 結果として狂った医者だが良い人であることが分かった。


 なら王国一の資産家とか陰で言われてるドラグナイト家の本気を見せない訳にはいかない。

 多過ぎるのは分かっている。たぶん今回の給金の3割くらいはあるはずだ。


「流石にこの金額は受け取れませんっ!」


 冷や汗を流しながら娘さんが狼狽える。でもその反応も予想済みだ。


「だったら支払いが辛そうな人が来たら、『今回は事前に支払われています』とか言ってそこから出しといて」

「えっ?」

「事前に気前の良いお金持ちが診察代を纏めて払って行った。まあそんな感じで」


 ノイエの手を取って立ち上がる。


 彼女は僕の顔を見てほんの僅か口角を上げる。

 幼い頃の方が実は表情らしい物を垣間見れる気がする。


 もう一度頭を撫でてあげて、寄付染みた行為を喜んでいるお嫁さんを労う。

 収入の大半はノイエの手によるものだから、彼女の協力が無ければ実行など出来ない。


「本当に宜しいのですか?」

「宜しいですよ。ノイエもそれを望んでいるので」

「……はい」

「ほらね」


 互いに顔を見合わせ、彼女の分まで僕が笑って診察所を後にした。




「はわわわわ~」

「……」


 ソファーに座ってお菓子を食べているノイエを、フレアさんが色々と確認している。

 細かく言うと服を脱がして診察していると言うか、確認していると言うか……その様子を見ているクレアが何故嬉しそうな声を発しているのかは質問しないのが優しさだと思う。


「昨日戻って来たルッテが報告書の提出に立ち寄った際に話は聞いたが……本当に戻っていないんだ」

「だね。とりあえずミシュを逆さに吊るしておいて」

「残念ながら本日は待機所の工事の警護だ」

「実に不愉快だ」


 あの馬鹿チンがノイエに何たらとか言う壺を覗かせたからこうなったと言うのに。


「どうしてノイエは戻らないんだ?」

「一応調べましたが特に変な術式の気配はありません。まあ隊長の場合、色々と不明な点も多いので」


 馬鹿王子の問いにフレアさんが答える。

 ノイエの服を元に戻すとクレアが悲しそうな表情を見せていた。


「アルグよ? 一緒に居て……何か心当たりは無いか?」

「ん? ん~。たぶんだけど」


 心当たりと言うか、そんな気がする程度のあれならある。


「"ノイエ"が戻りたくないんじゃないの?」


 僕の言葉に馬鹿兄貴が変な表情を向けて来る。


 見てて思うもん。あんなに可愛いノイエを愛でていた人とか絶対に居そうだしね。

 たぶん"ノイエ"の中で誰かが悪さしてるんじゃないのかなって、ね。




(c) 甲斐八雲

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