彼女のアホ毛

「庇って貰ってなんだけど……この血って大丈夫?」

「アタシの血に毒なんて入ってないよ」

「そうっすか」


 胴体を掴まれ確保されたままだけど……落ち着いて考えると、この人って一応僕を攫いに来た人たちの仲間なんだよね? このまま逃げられると危ないかな?

 とは言っても現状僕に拒否権は無く、また盾代わりにされてノイエらしき者に向け突き出される。


「生き残りたかったらどうにかしな。旦那だろ?」

「そっちがどうにかしてくださいよ。戦いたかったんでしょ?」

「……アタシは魔法とか術式とかはダメなんだよ」


 そんなサラッと弱点を。


「殴れない攻撃をどう止めれば良いんだ。全く」


 前言撤回。殴れたら戦うのね。


 でもこのままだとヤバい。結構キツイ。

 痛いし……何より出血もある。


「ノイエ。そろそろ止めよ。ね?」

「あはは……あははははは……」

「分かったから。ノイエは強い子だからね」

「あはは……私、強い?」

「うん強いよ。すごく強い」

「本当? カミューやグローディアやアイルローゼよりも?」

「うん。きっと」

「嘘! あの化け物たちに私が勝てる訳ない!」


 知らないって。そもそもその人たちは誰ですか?


 普段見せない残忍な目つきで僕を睨む彼女はノイエじゃない。

 無表情でも彼女は絶対にあんな目つきはしない。


 目つき? あれ?


「ノイエ。いつもの目はどうしたの? 赤黒の綺麗な目は?」

「……」


 彼女は何も答えない。ただ怯えた様子を見せて一歩二歩下がる。

 いつもなら赤黒い色をしている彼女の瞳が、今は完全に黒一色だ。まるで日本人の様な目をしている。


 これか? これが謎を解くカギなのかな?


「ノイエの瞳……綺麗な色で僕は好きだよ」

「嘘……あの目は呪われた目。あの目は」

「ノイエの綺麗な目だよ。僕の大好きな綺麗な色をした」

「……」


 彼女の動きが止まった。

 と、オーガが僕を地面に降ろす。


 地面に触れた足に力が入らず……たたらを踏んで前のめりに数歩歩いて倒れ込む。

 でも地面とのキスは無かった。


「ありがとうノイエ」

「……」


 無意識と言った様子で彼女は僕を受け止めていた。


「……私はファシー。呪われたっ」

「関係無いよ。君も"ノイエ"だ。そうなんでしょ?」

「…………はい」


 抑揚のない声。それはいつも耳にするものだった。


「アルグ様」

「ん?」

「……ごめんなさい」

「謝ったから許す」


 右手を動かして彼女の頭に触れると、手の平に確りとした感触があった。

 彼女のアホ毛だ。


「ごめんなさい」

「大丈夫」


 ウリウリと撫でて、震える体で立ち上がろうとする。

 一瞬彼女は僕を止めようとしたが、それに気づいて渋々手を貸してくれた。


 完全回復したオーガが僕らを睨みつけていた。


「ったく……化け物と聞いてたけど、毛色が違う種類の化け物じゃ無いか」

「いえ。そっちも大概な化け物だと思います」

「……興ざめだよ。やる気が失せた」


 膨らんでいたように見えた相手の体が萎んでいた。

 それでも優に3m以上の体躯だ。十分に化け物だと思う。


「アタシはオーガのトリスシア。帝国で『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれている」

「ユニバンスのアルグスタと妻のノイエです」

「ふんっ! 抜けてるのか肝っ玉が太いのか知らないけど……あんた恐ろしいぐらいに大物なのかもしれないね」

「いえ。出来たらこのまま田舎に引っ込んでのんびりしたいです」


 こっちの本気を冗談だとでも思ったのか、オーガは『ガハハ』と笑うと臆する様子もなくこちらに歩いて来る。


「今度は正々堂々とやろうじゃ無いか。ユニバンスのドラゴンスレイヤー」

「……」


 パンパンにアホ毛を膨らましているノイエは、今にも飛びかからん勢いだ。

 でも動かない。動けない。元に戻った彼女は、普段通り優しい僕の自慢のお嫁さんだからだ。

 今手を離されたら、僕は倒れる自信しかないよ?


 と、彼女はごそごそと何かを漁り出すと、メモ紙を取り出し僕の額に張り付けた。


「余計な"邪魔"が入ったが、今日はそれなりに楽しめた。だから褒美だ」

「何よこれ?」

「……子供の消失事件。その容疑者らしい」


 クルッと背を向けてオーガは歩き出す。


「アタシは食人鬼オーガ。人を喰らわない食人鬼。お蔭で仲間たちから爪弾きにされ……腹いせに全員を殴り倒したら支配者になった存在さ」

「……」

「人を食うぐらいなら子羊の丸焼きでも食った方が美味いのにね」


 ガサガサと木々の間に彼女の姿が消えた。


「アルグ様っ!」

「大丈夫」


 ちょっと緊張の糸が切れて膝から力が抜けただけ。

 必死に僕を支えるノイエは、そのまま抱えてくれた。


「戻る」

「うん」


 抱きかかえられて走り出した彼女の腕の中で、僕は大きく息を吐く。


 あはは……やっぱり血の味しかしない。大丈夫かなこれ?


 普段なら猛スピードで全力疾走のはずが、今日の彼女は普通に走るスピードだ。これなら気絶しないですね。

 でも……これだけの痛みを抱えていると、むしろ気絶した方が幸せかも。


「ノイエ」

「はい」

「急いでも良いよ」

「……ダメ」

「どうして?」


 右手で持つメモ紙から彼女の顔に視線を動かすと……理由が分かった。

 涙で前が見えないんだ。

 ボロボロと彼女の瞳からこぼれ落ちる涙が、全く止まる気配がない。


「ならノイエにお任せで」

「……はい」




(c) 甲斐八雲

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