売れ残り

「どれ。何なら本人と話してみるのが一番だろう」


 おにーちゃんが部屋の外に居る護衛に声を掛ける。


 ノイエの副隊長さんは本日このお城に居るらしい。

『書類の山に埋もれて溺れているんだろう』と笑う、兄の背後の机の上にも山のような書類が見える。


「あの~? 書類仕事って専門の人とか居ないんです?」

「ああ。一応居るんだがな……」


 苦々しい表情を浮かべて頭を掻く。


「政治をする者と戦争をする者って言うのは……お互い根底にあるのは『国を良くする』って思いだ。でもやり方が全く違う。結果として仲が悪くなる」

「つまり人材を貸して貰えないと?」

「こっちの仕事が溜まり過ぎて、向こうにしわ寄せがくるようになれば手を貸して来るが普段は放置だ」

「効率悪いですね」

「仕方がない。どっちも譲れん線引きがあるんだよ」


 やれやれと肩を竦める彼を見つつ、立ち上がった僕は一枚紙を手にした。


 質は悪いけど確りとした紙の書類だ。

 内容は、


「基本的には経費関係ですか」

「分かるのか?」


 初めて見るような数字と言葉だけど何となく理解出来る。

 本来のアルグスタさんは政治向きな人だったのかもしれない。


 今の僕はだって?

 お嫁さんを普通の人間レベルにするのがお仕事です。


「ざっと見た限り結構間違えてますね」

「その辺の山はミシュの仕事だな」

「つまりノイエさん関係なんですか?」

「ああ。ノイエは一応近衛兵団所属の対ドラゴン遊撃隊の隊長だ。

 実質彼女一人の隊だが、騎士が2人に見習い1人。兵士が約20人の小規模所帯だ」

「そうなんですか」


 後で彼女の仕事について聞こうかな。

 聞かなければ良かったと頭を抱えそうだけど。


 コンコンッ


「失礼します。騎士ミシュ……お呼びにより参りました」

「来たかミシュ。早速だが、お前が出した書類に結構間違いが発見された。直して再提出な」

「んな~っ! そもそも書類仕事はフレアの仕事ですって!」

「バージャル砦の後始末で直ぐには戻らんよ。

 つかあっちで仕事から解放されて伸び伸びやってるんじゃないのか?」

「あのお嬢様め~」


 ゲシゲシと床を蹴りつつ、入って来たのはとても小柄な女の子だ。


 うん。女の子って呼び方がしっくりくる。

 見た限り中学生くらいにしか見えない。無理すればランドセルも背負えるかな?

 青い癖のある髪が特徴的なやんちゃな感じに見える。胸は無さそうだけど。


「紹介する。彼女がミシュだ。でこっちがお前の上司の旦那だ」

「……初めまして。アルグスタ王子。馬が入用でしたら是非に我が家に」

「初めまして」


 床を蹴っていた姿は何処へやら。

 輝かんばかりの笑顔を振りまいて、彼女が売り込みをして来た。


「ミシュはそんななりをしているが、今年で23の売れ残りだ」

「良しこの糞王子、表に出ろっ! 幼馴染とは言え容赦しない!」

「本当に同い年とは思えんよな……何より上司の上司にえらく強気だな?」

「失礼しました。齢のことを言われるとつい我を忘れてしまいがちで。てへっ」

「売れ残りの方は?」

「アルグスタ王子。私は売れ残っているんじゃありません。時期尚早なだけです」

「そう言っては自分を慰め……ずっと売れ残っている憐れな奴なんだ」

「表に出ろや、この糞上司っ!」


 うん。一つ解った。

 彼女はノイエさんを確かに恐れないかもしれない。

 ただ間違いなく馬鹿だけど。


「初めて会ったその日に……どうしてそんな哀れんだ目を向けるんですか?」

「大丈夫。1人でも立派に生きて行けるよ」

「人を売れ残る前提で話さないで下さいっ! もうすぐ白馬に乗った男性が」

「白馬を娶った方が早いんじゃないのか?」

「無理っ! あんな太いのを入れたら……」


 と、彼女が背を向ける。


「ひーふーみー。5本かな? 5本は無理だよね? うん無理。拳は無理」


 体を戻して、


「裂けちゃいますから」

「……自分の指を見て何の計算をしたの?」

「気のせいです。気にしちゃダメです。女の子には人には言えない秘密がいっぱいです」


 確定馬鹿だ。

 やんわりとした生暖かい僕の視線に彼女が狼狽えた。


「そっ! そもそもうちの隊長が結婚するとか絶対に間違ってます! あの人は私と一緒に独身街道を爆走するべき存在なんですっ! それなのに王族の……こんな若い王子を貰ってっ! 私は悲しいですっ!」

「そんな本音を言っちゃうから好かれないんじゃ?」

「むきぃ~っ! 流石に上司の旦那さんでも今の言葉は許せませんっ!」


 両腕を振り回して突撃して来る相手の頭を押さえてしばらく耐えると、息を切らした彼女が動きを止めた。


「今日の所はこれくらいで勘弁してあげます」

「まあ打ち解けた様子で俺も嬉しいよ」


 何処をどう見たらそんな風に見えるんだ?


「で、ミシュ?」

「はい?」

「お前がノイエに変なことを教えていると苦情が来ているんだが?」

「……」


 人の目が全力で泳ぐところを初めて見た。

 何気に唇を尖らせて口笛を吹こうとしている。音は鳴らないが。


「今後は注意しろ。それと書類は再計算して出し直せ」

「……はい」

「分かったら職務に戻って良し」

「失礼しました」


 書類を胸に抱いて彼女は出て行った。


 顔を手で覆った兄が肩を震わせて笑うと、その目をこっちに向けて来た。


「面白い奴だろう?」

「裏表は無さそうですね」


 馬鹿だけど。


「だからこそノイエの傍に置ける。変な入れ知恵を吹き込んで暴走させるのが一番恐ろしいからな」


 彼女の性格上……確かにその懸念が常に付きまとうかな。




(c) 甲斐八雲

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