覚えた?
彼女に背中を向けて身を丸め、変な感情に悩まされても人は眠れるらしい。
ぼんやりとした頭を軽く振って意識が目覚めるのを待つ。
知らない間に仰向けになっていたらしく、目を開けて……全身が凍り付いた。
ジッと彼女が顔を寄せて見ていた。
マジマジと言うかマジマジだ。
「アルグスタ様。おはようございます」
「おはようノイエ。……何してるの?」
「はい。覚えた」
『何を?』とは決して聞いちゃダメだ。
少ない関わりでも彼女の性格をだいぶ把握した。
「覚えた?」
「……大丈夫。毎日見れば」
自慢気に聞こえるのは、僕の耳が腐っているのだろうか?
「……ちなみに顔と名前が一致する人って何人いるの?」
「……明日までには覚える」
もしかしてゼロ人なのですか?
それか顔と名前が一致しないだけか……それは人としてどうなんだろう?
何よりそろそろこの体勢をどうにかしないとダメな気がする。
彼女はしゃがんだ姿勢で僕を跨いで座って居る。
相手の顔以外視線を向ける場所がない。少しでも下に動かすと肌着の首元から白い双丘が半ばまで見える。
それ以上視線を下げると……女性の三角地帯を朝から覗くほど飢えていないっ!
「ノイエ」
「はい」
「……今日の仕事は?」
「仕事はドラゴン退治だけ」
迷うことの無い返答に少しだけ心が痛んだ。
ゆっくりと手を動かし彼女の肩を掴んで軽く押すと、彼女はその動きに逆らわずベットの上に立った。
「ほら……もう朝だしね。仕事に行かないと」
「はい」
メイドさんを呼んで、別々に朝食を済ませる。
何でも彼女は兵舎で部下たちと一緒に食べるらしい。
そんなもんなんだと納得しつつ……黙々と食事を済ませると、今日の予定がやって来た。
「俺がお前の兄であるハーフレンだ」
「つまり第二王子ですよね? 次男さん?」
「ああ。そうだ」
「初めまして」
「……昨日の結婚式にも参加していたが、まあ視線が終始彷徨っていたお前は気付いて無いか」
カカカと笑った相手に僕は硬く拳を握った。
お城の中を移動して連れて来られたのは近衛兵団の団長室。
現在の地位が"将軍"である兄の執務室だ。
豪華な机の向こうで踏ん反り返って偉そうにしている相手が、兄であるハーフレンだ。
短い金髪のガッチリ体型のいかにも軍人っぽい雰囲気を漂わせている。
殴りかかってもこっちが返り討ちに合うのは間違いない。
「それで今日からお前にこの世界のことを色々と教えてやる。感謝しろ」
「はぁ」
「で……政治や経済なんてもんは専門に聞け。それを踏まえて何を聞きたい?」
「何を教えられるか聞きたいですね」
「……軍事と女遊びなら少しぐらい」
「使えん人だな」
「言うな。何より初夜で床を濡らすぐらい激しいことをするお前には勝てん。流石雌だったら何でも大丈夫な男だな」
やはり負けても構わない。この男は隙を見て一発殴る。
「その条件はどんな嫌がらせですかっ!」
「んん? 仕方ないだろう? この国一番の恐怖の象徴との結婚だぞ? それも一つ間違えれば、相手の機嫌次第で死ぬかもしれない結婚だ。普通の人間には無理だろう?」
「それと条件の関係性は?」
「女に飢えた狼だったらどんな危険が孕んでても食いつくかと思ってな。
まあ実際お前は結婚した。この女に飢えた童貞野郎が」
「そろそろぶち殺す。この糞兄貴」
「あっはは。反逆罪でその首飛ばすぞ?」
「この国の王族って気の短い人ばかりだな」
呆れて適当にソファーに座る。
兄も笑いながら向かい側に座った。
「まあ俺としては可愛い弟だ。早々に死なれると困る」
「本音は?」
「まだ貴族や将軍たちがピーピーと煩いんだ。しばらくは殺されないように頑張ってノイエと仲良くやってくれ」
「……まあそれについて文句は無いんですけどね」
『ん? なら別のことか?』と問うてくる相手に渋々と答える。
あの質問は後回しで良い。今知りたいのは、
「何で僕ってこの世界の言葉とか分かるんですかね?」
「それか。それは簡単だ。お前の体が覚えているんだ。だから頭の中で勝手に聞いた言葉を変換している」
「……それって本当ですか?」
「禁忌となる前に、この世界では異なる世界から人を呼び、その技術を得る行為が横行していた。それと同時に頭の良い奴らがちゃんと研究した成果だ。
仮にお前が居た本来の国の言葉を文章として話してみろ」
勧められて口を開いたが……上手く舌が回らず話せない。
「単語程度なら言えるらしいが、文章は体が追い付かない」
「……ふ~ん」
「納得したか?」
「はい」
「それ以外は?」
「魔法とか」
「それはいずれ説明する。説明するのも面倒臭いんだ。納得しろ」
いやしろって……後々ちゃんと説明してくれるなら良いんですけどね。
適当に頷く相手の様子を心配しつつ、あと聞くことは……あった。あれだ。
「ノイエさんの副隊長さんってどうにかなりません? 何か彼女に余計なことを吹き込んでるみたいなんですけど?」
「ん? どっちだ?」
「変なことを言ってる方です」
「だったらミシュだな」
通じた。
って変なことを言うで通じるってことは、普段から変なことを言ってるのかな?
「あれの仕事はノイエを多少なりとも人間に近づける事だからな」
「仕事の仕方がおかしいような?」
「そう言うな。ノイエに対して気後れしない希少な人材だ。狂っていてもあれに任せるしかなかった」
狂ってる認定されてるんだ。
大丈夫? うちのお嫁さん……毒されない?
「……どんな人なんですか?」
「下級貴族の次女だ。その家は代々我が国の軍馬を育成する職についててな……まあその関係で白羽の矢が立った訳だ」
「はあ」
自分のお嫁さんが、実は馬と同じ扱いをされていたよ。
(c) 甲斐八雲
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