第84話 シン・ラン殿下とフェイ将軍の密談
久しぶりの宴とダンスで疲れた。
部屋に下がってからも、イチの言葉が気になって仕方がなかった。
どういう意味だろう?
いくらなんでも帝都はあまりに遠い。
一介の軍人である彼に何ができるというのか。
夜ももう遅い。
「殿下、お疲れのところ申し訳ございません」
フェイ将軍が話をしたいと人払いをした。
残ったのは息子であるフォン中将だけだ。
「帝国に帰るとゆっくり話すことはできません」
今までは冷徹な武官を装っていた彼の表情が、幼い頃よりよく知っているフェィに変わったような気がした。
彼は皇帝である父上に変わって、兄上と私をかわいがってくれた。
あの優しさは何だったのだろう。
私は騙されていたのか。
「3年もたっていたのだな。何があったか聞こう」
「殿下が行方不明になられた成人の儀の夜、父君であるジン・エン前皇帝が弑されました。ショウ・ゴウ殿下によって、首を落とされるところをムイ・リンや多くの官吏たちが目撃しています」
現皇帝である叔母上をフェイ将軍はムイ・リンと呼び捨てた。
だからといって信用はできない。
「ショウ・ゴウ殿下は『狂人の首を取った』と叫んでいたそうです。
ジン・エン皇帝は病んでおられた。事実上、皇帝の地位にあったショウ・ゴウ皇太子が謀反を起こす理由などありません。
ましてや妹君を人質にして逃亡するなど!
いったいあの夜になにがあったのですか!?」
「私にも記憶がない。
兄上が私の記憶を操作なされたようだ。
兄上の術の痕が残っている」
フェイ将軍は少しがっかりした顔をした。
兄上の乱心の真相を知りたいのか。
「ショウ・ゴウ殿下は謀反人として追われました。
私が発見した時はすでにシン・ラン殿下のお姿はなく、ショウ・ゴウ殿下は瀕死の状態でした。
宮殿から移動円を使って逃げる際に、ムイ・リンの攻撃を受けたせいです。
目から血を流し、背中にはひどい火傷を負われておいででした。
ご自分の命が尽きることを悟られた殿下は、私に御身の首を取り、ムイ・リンのもとへ行けと命じられました。
ショウ・ゴウ殿下は『裏切り者とそしられても時を待ち、悲願を達成せよ』と私に言い遺されたのです」
将軍は苦し気に顔を歪めた。
「悲願……か」
私はそんなもの、どうでも良かった。
ただ兄上に、生きていて欲しかった。
「ショウ・ゴウ殿下の首を取ったのはこのフェイです」
フェイ将軍は静かに告白した。
この手が、この剣が兄上の首を落とした。
私はただそれらを見つめた。
兄上の血がまだ見えるような気がした。
「もう一つ、殿下のご遺言が」
「なんだ?」
「『狂った皇帝家を終わらせろ、ムイ・リンとダイ・クンを殺せ』と、仰せつかりました」
「そうか」
私は目を伏せた。
この老人が語る兄上の壮絶な最期は本当だろうか。
「シン・ラン様どうか兄上様の首をとったこの私に、命の猶予をお与えください。ショウ・ゴウ殿下のご遺言を実現させるまで」
後ろに控えるフォン中将の目には涙が浮かんでいる。
彼は兄上の親友であり、忠臣であった。
この涙は演技だろうか?
「そなたたちの思いは理解した。兄上のご遺言を実現するまで死を選ぶことは許さん」
「ありがたき幸せにございます」
「ムイ・リンはこの3年間、殿下の捜索の手を一切緩めませんでした。死体でもかまわないから必ず探し出せと。
各国の隅々まで網を張り、捜索いたしました。
しかし殿下の魔力の痕跡をまったく追えなかったのです。
生きておいで下さったのに、お迎えに上がるのが遅くなり、お詫びの申し上げようもございません。
殿下、3年もの間どうお過ごしになられていたのですか?」
「記憶がない」
私は誰が味方で、誰が敵なのか、じっくりと考えることにした。
彼らにも話すこと、話さないことを選ばねばならない。
「叔母上は私を何に使いたいのだ?」
「恐らく、技術局の実験に殿下の魔力を使いたいのかと」
「技術局か」
「ムイ・リンはあそこにかなりの資金をつぎ込んでいます。帝国の財政に影響を及ぼす程です」
「死体でもかまわない実験か……。叔母上らしい恐ろしいことをお考えなのだろう」
「技術局は皇帝と皇帝の許可を得たものしか入室できません。
白いローブを着て、フードを深く被った者たちです。
顔も性別もわかりません。
我々には中をのぞくことさえできないのです」
「顔が分かっているのはムイ・リンだけか?」
「ダイ・クンが入るところも確認しています」
「幼い皇太子も?何のために?」
「分かりません」
技術局か。
帝国に帰ってから、やることが見えてきた。
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