第83話 イチとシン・ラン殿下のダンス

ノーシア国王は身元確認が終わった私を正式な国賓として迎えた。

皇女発見の祝宴までしてくれるという。


ちょっと愛想よくしすぎたかな。


「記憶が戻るまでの間、私が女の身一つで生きられたのも、殿下の御威光が市井のすみずみにまで広がっていたおかげでございます」

分かりやすいお世辞を言ったら真に受けたようだ。


すぐにご機嫌になった。

陛下は馬鹿なの?そんなだからティア様にいいように使われるのよ。



***



祝宴の衣装は王族級にレベルアップ。

青いオフショルダーのドレス。

首飾りとティアラが豪華なダイヤに変わった。

重い。


フェイ将軍は帝国の衣装を身につけろと言った。

しかし断った。


フェイ将軍は信頼できない。


兄上の教育係であり、忠臣であった彼が、兄上の首を取った。

彼も帝国で生き残りたかったのだろう。


誰も信じてはいけない。


叔母上からの首飾りは魔法道具かもしれない。

私の魔力を抑え込むための。

皇族の衣装を身につけると、あの首飾りをつけねばならない。


しばらくはノーシアの衣装で過ごそう。

気に入ったって、たくさんもらって帰ろうかな?




疲れる。帰りたくない。

でも、もう始まった。

封印を解かなければ良かった?みんなを見殺しにして、私も楽に死ねば良かった?

でもできなかった。


兄上は最後に生きよとおっしゃた。

諦めてはならないと。



***



祝宴が行われる大広間は王侯貴族たちでにぎわっていた。


「イチ、良い知らせがあるよ」

ティアが珍しく嬉しそうに笑うので、貴族の子女たちはため息をついてこちらを見ている。

結婚したい光線が飛んで来るがティアにはまったく届いていない。


「なんだよ」

「皇女様を発見したんで、帝国に恩が売れた。何か良い条件を引き出せないかなと考えていたんだ」

「あっ、そう」

興味のない俺をよそにティアは話を続ける。


「帝国へ大使を常駐させる話になってる。前から申し入れはしていたが、のらりくらりとかわされていたんだ。

私が直接話をつけた。

市民レベルの貿易も活発にさせたいし、色々手続きできて便利になる。

情報収集も、できるしね」


「ちゃっかりしてんな」

「君も彼女に見とれてないで、働いてくれよ」

「見とれてないしな」

俺はそう言いつつ、視線を外した。



「かわいいね。ノーシアのドレスがよく似合っているじゃないか。

今日は青いドレスか。夜のドレスは露出が大きくて嬉しいな。

胸もそこそこあるじゃないか。

なんだよイチ、怖い顔してさ。皇女様と踊ってきたら?」


***


ファーストダンスは国王陛下と踊る。ハッキリ言って下手だった。

いつも誰かに気を遣ってもらっている人は、それが当たり前だと思っている。

自分の愚かさに気づかないまま。

でもこの王様を責める資格なんて私にはない。


私も同じ。愚かな皇女。



「陛下のご厚情により、美しい装いをそろえていただき、幸せにございます」

ニッコリ笑ってみた。

「苦労なされたであろうシン・ラン殿。今宵はゆるりと楽しまれるがよい」

「お礼申し上げます」


国王と踊りながら周囲をそれとなく見渡してみる。


フェイ将軍はティア様と話し込んでいる。

見た目と大きく違うあの方の恐ろしさを直に感じるわ、きっと。


フォンはフェイ将軍の息子だ。幼い頃から知っている。聡明な人。

王侯貴族と笑顔で会話している。何も言わなくても彼は動ける人だ。


フェイ将軍が連れてきた将校たちはバカじゃないようだった。

それぞれの身の丈に合ったノーシアの貴人たちと落ち着いて接していた。


華やかな宴、心地の良い音楽。

でもだれも楽しんでなんかいない。


これからずっとこんな世界で過ごす。

死ぬまで。


シスターや子供たちはどうしているだろう?

貧しくても温かで楽しい暮らしを思い出す。

もう帰れない、さみしくて泣きそうになるのをこらえた。


曲が終わると、国王にうやうやしく頭を下げ笑顔を作った。

国王は満足げだった。

偽物の世界の決まり事を思い出していく自分に嫌悪感さえ感じていた時、後ろから声がかかった。





「殿下、イチ・ヨナクニ・バーレントと申します。この私と踊っていただけますか?」


次に踊ろうとしていた大物貴族を、後ろから睨みつけて追い払ったようだ。

あぁ、貴族さんかわいそうに。顔色が悪い。


「えぇ」

私は素知らぬ顔で振り返り、イチと向かい合った。

士官学校卒の貴族様。彼の本当の姿はこちらなのだろうか。


それにしてもずいぶん強引だな。何か話があるのかな。


イチは丁寧にお辞儀をしてから、私の手をとり、腰に手を回す。


この人踊れるの?




それは無用な心配だった。

イチは曲が始まると滑らかにステップを踏みだした。




ダンスのリードがとても上手。

男の人が上手いと楽に踊れる。

ノーシア国王より、ずっと楽だ。

すこしホッとした。


白い手袋をしているのにイチの手の熱さが伝わってくる。

私の唇に触れた彼の指の感覚を思い出してしまった。


「帝国に帰って何をする気だ?」

話をしているのが分からないように小さな声だ。

唇もできるだけ動かさない。


「見つかったから帰るだけよ」

「兄貴のかたきでも討つのか?」

かたき?なにそれ?

3年前に何が起こったのか記憶が曖昧なのは本当よ。

兄上が記憶を操作なさったのかもしれない。

もうここにはいられないから帰るだけ」


「帰らなきゃいいじゃないか」

イチはあっさりと言う。

「簡単に言わないで。皇帝から逃げられる人はいない」


「帰りたくなかったのに、魔力の封を解いたのか?

網に見つかることを覚悟で?」


「覚悟なんてしていなかったわ」





あぁ、曲が……もうすぐ終わる。





「みんなに生きていて欲しかったの。みんなのこと好きだったの。

あなたのことも。

もう会うこともないでしょう。

さようなら。

最後の挨拶ができて良かった」





曲が終わった。


イチは私にひざまずき、手の甲にそっとキスをした。

洗練された所作。

私が今まで見てきたイチとは違う。




この人ともう二度と会えないのね。

私は彼を見つめた。


ところが離れていく前に、イチは確かに言った。

「会いに行ってやるから、生きて待ってろ」

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