第72話 尋問(1)
今日一日だけで、牛小屋の形が何となく見えたので嬉しかった。
牛を飼って子供たちに栄養のある牛乳を飲ませてあげたい。
「あとは私がいなくても何とかなりそうかな。」
温泉ができたおかげで前は寂しかったこの辺りにも、お店がチラホラでき始めている。もっと賑わうようにあれもこれもと考えていた。
でもそれはもうできない。
もうここにはいられない。
イチは私の「お城」の入口に腰掛けて、タバコを吸っていた。
私を待っていたかのよう。
「イチさん、部屋に入って、脱いで。」
「へ?」
イチは意外そうな表情をした。
***
作業をしている時、イチの背中が赤くはれているのが見えた。
(上着を脱いでタンクトップ一枚になっていたから)
あぐらをかいて座っているイチの背中に軟膏を塗る。
やっぱり光翼のためか赤くはれていた。
私の魔力と相性が悪いのかな。
「痛くない?」
「痛くねー。」
「傷だらけだね。」
「10年以上も戦場で働いてんだぞ俺。生きてれば十分だ。」
なぜか普通の声の会話が続く。
イチの肌に触れてる自分が不思議だ。
初めて会った時、あんなに怖かった人に薬を塗ってる。
「痛くねーけど、しみるぞこれ。」
「うーん。ちょっと待って。」
小さなランプに火を灯し、戸棚から薬草の粉末を探す。
「これを混ぜれば、しみにくいから。」
軟膏を混ぜ合わせて振り返ると、すぐ後ろにイチが立っていた。
「わっ、びっくりするじゃない!」
ガタン。
後ずさりしようとして、戸棚にぶつかった。
イチは私が持っていた薬の壺を取り上げて窓のふちに置いた。
「オマエは何者だ?何の目的でここにいる?」
イチの顔は真剣だった。
どうせ聞かれると思っていたので内容自体には驚かなかった。
「私はルシャ、シスターと子供たちと平和に暮らしたいだけ。」
「そんな答えで納得できるかよ。」
不満そうに眉間にしわを寄せた。
背の高いイチが目の前にいると圧迫感がすごい。
しかも上、裸だし。
私が彼を見上げるような格好になる。
「なぜ魔法が使えることを黙っていた?」
「聞かれなかったし。」
「俺の魔力を奪ったのはなぜだ?」
「あんなこと私も初めてで、よくわからなかったの。ワザとじゃないわ。」
「どうして魔力を返した?」
「だから、あんなことできるなんて知らなかったの!
奪ったり、返したり、意識してやったわけじゃないわ。」
「なぜ今さら魔法を使おうと思った?ウエスタ戦線では使わなかったじゃないか。」
「だってあの時は……術を知らなかったし。魔力はほとんど封印してあったし。」
「術を知らない?魔力があるのにどういうことだ?」
「術を習ったことないの。」
「封印をどうやって解いた?」
「自分で……。」
「自分で解ける封印ってなんだよ!?意味なくね?」
イチの声がだんだん怒気を帯びてきた。
怒るのも無理はない。
私のせいで部下がたくさん死んだのだから。
「だいたい自分で封印を解けるなら、ウエスタの敵将を吹き飛ばすくらい自分でできただろ?
なぜしなかった?オマエ死にかけたんだぞ!」
私はなぜそうしなかったのだろう?
私が封印を解き、光翼を使えば死なずにすんでいた人がたくさんいた。
兄上のお言葉を守りたかったから?
違う。
私はあの兵士達を犠牲にしてでも、自分の平穏を守りたかった。
自分の命が消えてもいいから、もう帰りたくなかった。
狂ったあの場所に。
「ルシャのままでいたかったの……。」
「じゃぁ、なぜ今回は封印を解く気になった?」
「イチさんも、ティア様も危なかったし。街を守ろうとしてくれていたし。お手伝いならできるかもって。教会も近かったし。子供たちもおびえていて。気が付いたら……。」
私に敵意がないことは分かって欲しい。
イチは黙って私の目を真っ直ぐに見つめている。
夕方の赤い光がイチの顔を照らしている。
イチの黒い瞳が一瞬だけ紫に見えたような気がした。
「マインティア様の怪我は大丈夫なの?」
私は話題を変えたかった。
「ティアは見た目に反してタフな奴だ。」
イチは視線を外さない。真っすぐに私を見据えたままだ。
「オマエは本当は何者なんだ?」
「尋問するように命令されたの?仕事熱心ね。」
「これは任務じゃない。俺が聞きたいだけだ。」
「どうして?」
「オマエのことが……気になるからだ。」
戸惑った表情。
「本当のことを言えよ。俺が信用できないのか?俺が嫌いだからか?」
そんな聞き方しないでほしい。
「俺が嫌いなのか?」
私は答えることができず、うつむいてしまった。
イチはうつむいた私を上に向かそうと、大きな手をそっと私の頬にあてた。
私は思わずビクッとしてしまう。
「ずいぶん嫌われてるんだな。」
彼は手を引っ込めて、握りしめた。
嫌い、ではない……と思う。
第一印象は最低なオジサンだったけど。
今は……嫌いではない。
どうしてだろう。
私はうつむいたまま、イチの握り締められた手を見ていた。
なぜか胸が苦しくなる。
大きな手。
いつも手袋をしている。
指なしの銀糸の手袋。
お手てつなぎ生活をしていた時も決して外さなかった。
「いつも手袋をしているのね。」
うつむいたままで何気なく言った。
イチがずっと黙っているから、恐る恐るイチの顔を見上げてしまった。
悲しそうに見えた。こんな顔もするんだ。
イチは手袋を外しながら言った。
「手袋を外すと目立つからな。」
「目立つ?何が?」
「奴隷の焼印が。」
そう言って手の甲を私に向けて見せた。
イチの両方の手の甲には、焼印と思われる痕がハッキリと残っていた。
ノーシアには奴隷制度はないはず。
「俺はこの国の生まれじゃない。親父にたまたま拾われた奴隷だ。」
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