第58話 努力する者、しない者

おかしい。

ジェラーニの気配に気がつかなかった。


なぜだ?

こんな奴に後ろを取られるなんて。



ジェラーニは悠然とこちらを眺めていた。


白髪が混じり始めた黒茶色の髪と口髭は綺麗に整えられている。

つり上がった細い目はいつも神経質な印象を与えた。



***



56歳になるこの王弟殿下は、男子がいなかった国王陛下の王太子だった。

20歳で今の国王が即位した時、16歳で王太子となった。

それから40年もの年月がたってしまった。


16歳の時は兄である国王に、やがては男子が生まれると思っていただろう。

無駄な野心など持っていなかったはずだ。

だからこそ軍に入り、上を目指していた。


しかし国王には、なかなか男子が生まれなかった。

ノーシア王国は男子にしか王位の継承権がない。


30、40と年を重ねるにつれて、自分が王位にけるかもしれない期待は当然ながら大きくなっていったはずだ。


兄である国王が死ぬのを待っていただろう。


兄である国王とは4歳しか離れていない。

国王が老衰で死んだとしても、その時には自分も高齢だ。


国王として権力をふるえたとしても数年で終わる。

権勢をふるうその前に、王より先に死んでいる可能性も高い。


自分の息子に王位を譲るために、生きてきたようなものだ。


中途半端な王位への期待、それが彼を軍人としても中途半端な男にした。

王になれる自分が、なぜ危険な戦場に出なければならぬのかと。


魔力は国王よりは強かった。

王族なのだから、生まれ持った魔導士の素地はあったはずだ。

そこそこ努力をすれば強くなれただろう。


しかし、ジェラーニはそれを怠った。


3年前、王に男子が生まれ、彼は王太子の座を奪われた。

国王にもなれず、軍のトップにも立てない、中途半端な男が残った。

お情けで西方司令官という肩書をもらったが、彼が納得するはずもなかった。


私から見れば、努力を怠ったその時点でアウトだ。

私も一応は王族だが最下級の身分だ。

努力をしなければ何も得ることはできなかった。


金も地位も、女も。


私は努力した。

お前はしなかった。


年をとって今さらジタバタするくらいなら、20代のうちに軍のトップに立ち、王を暗殺すれば良かったんだ。

そうすれば私に敬語を使わずに済んだものを。



***



「殿下、ウエスタに出征されているはずでは?いつお帰りに?」


「たった今ですよ。泥棒が来たと通報があったので。」


「そうですか?見かけませんでした。」


「目の前にいる。」

ジェラーニが不気味な笑い顔を作った。


表情がいつもと違う。

なんだ?この違和感は。


「私はただの散策ですよ。」



「その生意気な物言いも今日で聞き納めだ。

わざわざ移動門ゲートで帰って来た。

お前を殺しに!ストラウト!」


―――爆雷!!


ジェラーニが雷撃を放った。


白い閃光。

ドォォーーーーーン!!

雷鳴がとどろく。



シールドを張るとともに、飛んで避けた。

上空から見渡す。

西方司令部の建物が一部吹き飛んでいる。

屋内には部下がいる可能性もあるだろう。

しかしジェラーニは気にもかけていないようだ。



「やれやれ。いきなり仕掛けてくるとは。」

キレてるな、あの馬鹿殿下。


他の司令官が不在の時を狙うなんて、なんと賢明な。

いやしかし、いくらなんでもキレすぎだ。


たった一人でこの暴れよう。

謀反にしてはあまりに無策だ。


「まあジェラーニに死んでもらう大義名分はできたな。

ポジティブに考えるか。」


両方の剣を抜いた。私の方が剣も魔力も強い。

そのことは彼も重々、承知のはずだ。


一人で来るだろうか?

兄王を暗殺すらできない、怖がりのこいつがそんなことはしないはず。


しかし周囲に私たち以外の魔力を感じない。

他の刺客は連れて来ていないのか?


「何か釈然としないな。」


ジェラーニも飛んで、さらに上空から私を見ている。

奴は風属性の風雷使いだ。



「殺すと決めたからには、早めに終わらすか。」


―――尖氷矢!

ヒュン!ヒュン!ヒュン!

無数の氷矢を上空に放ち、紛れて飛んだ。



奴がシールドを張る。

―――風壁!

ゴゴオォォーーー!!

風のシールドは前方は強い。

だが後方は弱い。



氷矢に紛れて回り込み、ジェラーニの後ろをとった。

長剣を振り上げる。



首をはねて、終わりだ。

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