(20)

「ユウト――! やっぱりこのお城にいたんだ」


 そう叫ぶセフィーゼの声は、明らかに震えていた。

 何とか平静を装ってはいるものの、動揺は隠しきれていない。


 この様子からしてセフィーゼは、僕たちとの約束を破り、戦場で再び魔法で殺戮を始めたことに強い罪の意識を感じているに違いない。

 つまり彼女の心の中に、まともな部分が依然残っているというわけだ。

 だとすると、話し合いによって戦いを止めさせる余地はまだあるのかもしれない。


 だが――

 そうと分かってはいても、僕は胸にこみ上げてくる怒りの感情をどうしても抑えられなかった。


「セフィーゼ、なぜだっ!」

 と、僕は大声で怒鳴った。

「なぜ決闘デュエルの約束を守らなかった! 負ければ黙って撤退すると約束したじゃないか!!」


「だ、だって……」

 セフィーゼは体をびくりと震わせる。

「仕方ないじゃない。戦争はまだ終わってないし、セルジュも、イーザのみんなも、もう私の言うことなど聞きやしないんだから」


「それでも、自分だけ戦いを放棄して故郷に戻ることもできたはずだろ――! いや、むしろそうするべきだった。そうすればアリス王女はきっと君を助けた」


「もう何もかも遅い、遅いのよ!」

 セフィーゼは今にも泣き出しそうな顔をして叫んだ。

「すべては起きてしまったことなの。今さら後戻りはできないんだからっ!」


「そんなことはない! きみ一人でも投降してアリス王女に頭を下げれば、まだ取り返しはつくかもしれない。もしその気があるなら、僕もアリス王女に口添えしてやるから」


 ……と、ついそう口に出してしまったが、必ず処刑をするとまで宣言したアリスが、この期に及んでセフィーゼを宥恕ゆうじょする可能性は極めて低い。


 しかしそれでも、僕の言うことなら、アリスもあるいは聞き入れてくるかもしれないという思いもあった。

 少なくとも、この場で果てしなき流血騒ぎを繰り返すよりは希望が持てるだろう。

 

 ところがセフィーゼは僕の提案を聞いた途端、侮蔑ぶべつと悲しみが入り混じった複雑な表情を浮かべて言ったのだった。


「あのさ、ユウト。それ本気で言ってるの?」


「ああ、もちろん」


「……ねえ、私がそんな都合のいい話信じると思う? あのアリスが――あのいかにもプライドの高そうなロードラントのお姫様が、約束を破ってその顔に泥を塗った私のことなんか許すわけないじゃん! 絶対に! ……もしユウトがそれを本気で言っているとしたら、とことん甘すぎるというか、頭がお花畑ってやつだよ」

 

「………………」


「……ごめん。その性格の良さがユウトのいいところだもんね。前にも言ったけど、こんな戦争が起こらなかったらきっと私たちいい友達になれたかもしれないね。――でも」

 と、セフィーゼは魔力のオーラを徐々に高めながら言った。

「もうすべては終わりだよ。あとはイーザかロードラント、どちらが先に死に絶えるか。それだけのこと」


「結局、そうなるのか……」


「うん、だから今度の今度こそ、私はあんたを殺さなくちゃいけない。つまり、もし死にたくなかったら逆に私を殺すしかないってことだね」


 そう言うセフィーゼの姿は、ごく冷静で、まともに見えた。

 とても気がふれているような感じではない。


 もしかして――

 と、その時、僕はふと思った。


 セフィーゼがわざわざ一人で無謀な突撃を仕掛けてきたのは、決して血に飢え殺しを欲ったからではない。

 おそらくは、自分の死に場所を探し求めてしたことなのだ。


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