第二十六章 デュロワの包囲戦

(1)

「なんてこと!」

 廊下に響くエリックの叫び声を聞いて、男爵の顔色がさらに悪くなった。

「いずれこの城の場所を嗅ぎ付けてくるとは思ったけれど、まさかこんなに早いなんて!」


 男爵の言う通り、このデュロワ城は、王国領土の最果ての誰からも忘れられたような地に建つ古城、廃城だ。

 こんな人里離れた辺鄙へんぴな所にアリスが逃げ込んだことを、敵はどうやって察知したのだろうか?


「男爵様! ユウト! どこだ!」


「エリック! 僕たちはここに――」


 エリックの呼びかけに返事をし、ドアを開けようとノブに手を伸ばしたその瞬間――

 いきなり「ドーンッ」という大きな音がして、僕の声はかき消され、壁と天井にビリビリと振動が走った。

 

 な、なんだ!?

 この衝撃は!


「ユウちゃん、上よ! 上!」

 男爵が上目づかいに、天をゆび指す。

「あの兄妹の問題はひとまず置いておいて、急ぐわよ!」


「は、はい!」


 僕と男爵が部屋を飛び出すと、廊下の向こうにエリックが見えた。

 すでに完全武装の出で立ちで、いつでも戦える態勢だ。

 きっと僕が休んでいる間も、ずっと敵が来るのを警戒して城の警護に当たっていたに違いない。

 

「おお、ユウト、そこにいたのか! 男爵様も!」


 万を超える敵――コボルト兵やハイオークに囲まれても大して動じなかったエリックも、今は違った。

 額に汗をかき、息は激しく乱れている。

 やはり、かなりの緊急事態のようだ。 


「エリック、このおっきな音と震えはいったい何事!?」

 と、男爵が訊く。


「グリモ男爵様! 男爵様の予言通りの敵襲ですぜ! ただし空です、空からいきなり厄介な奴らが襲ってきやがった! こいつは一筋縄ではいかねえ!」


「空からって――んー、それはまずいわね」


「ええ、いくらこの城が頑丈といっても、上から攻められちゃあひとたまりもありません」


「分かった、何とか急いで対処法を考える。――とにかくありがとう、エリック。やっぱり私の見込んだ通り、アナタ頼りになるわ」


「いいえ、男爵様。私はお言いつけ通り、真っ先に報告に参っただけですよ」


 この二人の息の合った様子――

 どうやら男爵とエリックは、僕が眠っている間にずいぶん親しくなっていたらしい。

 しかし、単なる兵士であるエリックに目をかけるとはさすが男爵。

 男を見る目は一級だ。


「ねえ、ユウちゃん!」

 と、そこで男爵が突然、僕の両肩に手を置いて言った。

「このままだと危いわ。戦いはアタシたち大人に任せて、ユウちゃんはアリス様を連れてお城の地下へ退避なさい。――大丈夫、数は少ないとはいえ、竜騎士と城詰めの兵士たちがいるんだもの。みんなにも頑張ってもらうわ」


「……男爵様」


「あら、なに?」


「男爵様は本当に、僕が素直に言うことを聞いて地下に潜るとお思いですか?」


「それは――」

 男爵は何か言いかけて、ふっと笑った。

「そうだったわね。あなたがそんなことするわけない。一緒に戦うって言うに決まっている」


「おっしゃる通りです!」

 僕は力強くうなずいた。

「クセのある敵であればあるほど、きっと僕の魔法が役立ちますよ」


 リナのことはもちろん一番の気がかりだが、今はそのことばかり考えているわけにはいかない。

 ここはみんなで一致団結して、敵の攻撃を一刻も早く退しりぞける。

 リナを救い出すのはそれからだ。

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