(14)

 ああ、それにしてもなんて美しい笛のなんだろう。


 僕は歩きながらも、ついうっとり聴き入ってしまった。

 時にやさしく時に哀しく、どこか懐かしい不思議な旋律リズム

 まるで魔法のような、幻想的な曲だ。


 けれどそう感じたのは僕だけではないようだ。

 後からついてくる数百人の兵士たちもその笛の音に心奪われ――言葉は悪いが、ほとんど夢遊病者みたく霧の中をぞろぞろ歩き続けている。


 だから決して速くはない、ゆっくりとした足取りだ。

 が、それでもこのまま行けば、一番の危険地帯であるこの平原は何とか無事に抜けられそうだった。


 さらに10分ほど歩いたころ――


「ネエまだ? まだ霧から出られないの?」

 と、男爵が僕に小声で訊いた。


「もうすぐです」

 僕は答えた。

「晴れた空と、ゴツい岩場が見えてきました」


 事実、まもなく霧は途切れようとしていた。

 ここまで来ればまず大丈夫。

 作戦は七割方成功したと言ってもいい。


 ――と、ホッとしたのも束の間、ミュゼットの笛がピタリと止んだ。


「あら、なに? どうしたの? どうしたのよミュゼット!」

 男爵が前に立つミュゼットに向かって叫ぶ。


「……敵がいる」

 ミュゼットがつぶやいた。

「化け物が霧の外で、ボクたちが出てくるのを待ち構えている」


「ええ! ウソでしょ!」

 男爵はあわてふためいて言った。

「コボルト兵とイーザ兵はリューゴ君たちを追ってどこかいっちゃったはずなのに!どういことよ!」


「男爵、落ち着いて。ちょっと待ってて下さい」


 僕はすがりつく男爵の腕を振り払い、前に進んでミュゼットと並んで立った。


「ほら、あそこにいるでしょ。超おっきな奴が」

 と、ミュゼットが指をさして、僕に言った。


「あれは――」


 ……確かに見えた。  


 よりによって、岩山と岩山に挟まれた道を通せんぼする、一体のハイオークの強大な影が。 

  

 


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