(16)
ヒルダと戦った時のような絶望感こそなかったが、それでもかなりまずい状況であることに変わりはない。
とにかく男爵のペースに巻き込まれないで、自分を保とう。
落ち着いて交渉すれば男爵も話の通じない相手ではないはずだ。
そう思って、一瞬目をつぶり深呼吸をすると――
「あ、あの……ユウトさん」
リナが僕の肩をつっつき、恥ずかしそうに小声で訊く。
「その、ですね……普通――あの回数、まで記憶しているものでしょうか?」
「は!?」
「私、す、すごく疑問なんですけど……」
――気になるのはそこかよ!!
と、つい突っ込みたくなったが、いやいや、それもこれもみんなこのエロ男爵に感化されたせいだ。決してリナが悪いわけじゃない。
そう思って、とにかく僕は作り笑いをして誤魔化すことにした。
「さ、さあ……? 僕にもそれは……」
だが、男爵は地獄耳の持ち主だったらしい。
リナの発言に、大きな紅い唇をニヤッとさせ言った。
「あら、お嬢ちゃん。アンタは経験ないからわからならいのね! あのね、アタシとマティアスが愛し合っていたのって士官学校時代から四年の間なんだけど、それで七十二回ってのは確かにちょっと少ないわよねぇ?」
「し、知りません! そんなこと」
「それはね、士官学校時代は全員宿舎暮らし。休日は少ないし常に他人の目があって、なかなか二人きりになれなかったの。でも、だからこそ機会があればお互い激しく求めあって――ね、理解できるでしょ? 一回一回がとっても濃ーい時間だからすべて! ちゃんと! クッキリハッキリ覚えているのよ!」
男爵はつぶらな瞳でぱちっとウインクをした。
「――あ、そういえばマティアス、回数はそれであってるけど、一度未遂があったわよね。真夏の燃えるような暑い日、たまたま教室で二人っきりになって色々始めたところでお邪魔虫の教官が――」
「わーーーーー!!! わーーーーー!!!」
耐えきれなくなったマティアスが大声を出し、男爵の口を封じる。
「もういい! もういいだろう! グリモ、質問に答えたんだからさっさと城内に入れろ!!」
ハイオークとシャノンに二度も殺されかけたと思ったら、今度はみんなの前で過去を晒され公開処刑。
竜騎士として、また軍の副官として、マティアスは自分の任務をまっとうしようとしているだけなのに、どうしてこうも続けて悲惨な目に合い続けてしまうのか……。
しかし、マティアスの悪夢はまだ終わらない。
「あら、ごめんなさい。しつこくして嫌われるのはアタシの本意ではないわ」
素直にマティアスに謝る男爵。
が、その顔はちっとも申し訳なさそうではなかった。
そして案の定……。
「じゃあ気を取り直して最後の問題ね!」
――まだやるのかよ!
ゲッソリとやつれたマティアスの顔を見て、さすがに同情してしまう。
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