(19)

 戦闘が始まっておよそ一時間――


 兵士たちの疲労の色が目に見えて濃くなってきた。

 みんな戦いっぱなし、交代する人員がいないのだから当然だ。

 負傷者も増える一方で、僕だけではすでに対処しきれなくなってきた。


 しょせん多勢に無勢なのか。

 どんなに善戦しても、このままいけば全滅は免れないだろう。


 やはりここはセリカに言われた通り、治療を中断してでも僕が魔法でなんとかするしかない。

 

 まず真っ先に思いつくのは、自分の周囲に濃い霧を発生させる『ミスト』の魔法だ。

 それを上手く使ってコボルト兵の目をくらませば――


 いや、ダメだ。


『ミスト』の魔法は効力範囲がそんなに広くない。

 僕の力でも、この大きな戦場全体を霧で包むことはできないのだ。


 それに視界を奪われるのは敵だけではない。

 五里霧中の状態で、味方が連携して包囲網を突破するのはまず不可能だ。

 下手をすれば混乱して同士討ち、なんてことにもなりかねない。


 等々考えていると――


「どけ! どけ!」という乱暴な声が聞こえた。

 馬に乗ったレーモンだ。

 芳しくない戦況にイライラしているのだろう。


「竜騎士の一人が不覚を取った。ユウト、治せ」

 レーモンはそう言って馬を降り、後ろに乗せていた竜騎士を引きずりおろす。


「待って下さい。治療はケガの酷い人が優先で、あとは順番で――」


「いや、待てぬ」


「で、でも……」


 その竜騎士は見たところ右足を負傷しているようだった。

 槍で刺されたのか、プレートメイルに穴が開いておりそこから血が流れ出ている。

 動くのは不自由だろうが、どう見ても致命傷ではない。


「これなら後で治療しても大丈夫だと思います。もうちょっと我慢してください」


「何を言う! 優先して治療しろ! 竜騎士一人で兵何十人分の戦力になると思っているのだ」


 それはあまりに傍若無人な発言だった。

 騎士だろうが兵士だろうが、貴族だろうが平民だろうが命の価値に変わりはないはずだ。


「お待ちください。順番は順番です」

 僕ははっきりと断った。


「なんだと、貴様! 兵士の分際で、私の言うことが聞けないのか!」


 レーモンが額に青筋を立てて、手を振り上げた。

 うわっ、殴られる!

 と、思った瞬間――


「待ってください! 叔父様!」

 リナが毅然きぜんと叫んだ。

「ユウトさんの言う通りです。叔父様が間違っています!」


「リナ、どきなさい!」


 レーモンがリナを押しのける。

 リナは「きゃっ」と短く叫び、よろめいて倒れてしまった。


 それを見た周囲の兵士たちが大きくざわめいた。

 中には怒って露骨ろこつにレーモンをにらみつけている人もいる。


 こんな危機的状況にもかかわらず、ロードラント軍の中に不穏ふおんな空気が流れ始めた。



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