第62話 蒼き衣を纏いて

 それは噛んだ瞬間に口全体へと魚の旨みが広がる味の爆弾だった。

 マシヴさんが買ってきた魚の中で一際大きな魚を三枚におろして切り分けた焼き魚。

 風味は鮭に似ているが、これほど旨みがガツンと殴りかかってくる魚は食べた事がない。

 ただ、身が締まり過ぎて嚙みごたえがあり過ぎるのが難点か。魚なのに硬い肉を食ってる食感だ。


「これ、なんて魚なんですか?」


「これは鮭のトキワタリだね」


 ……今、鮭って言った? 言ったよな。

 これ鮭なんだ。俺の知ってる鮭よりかなり弾力のある肉質なんですけど。


「トキワタリは大陸域アース・グランデの川が地下に潜った先は大海域マリン・グランデへと繋がってる事を知らしめた魚なんだ」

「昔、鮭に手紙を括り付けるか飲み込ませるかして出した馬鹿がいたのよ。そうしたら長い時を経て、次元流通拠点経由で返信が来たらしいわ」


「それ長い時を経たのって手紙ですよね」


「まぁそうだね。だけど子供を産む為の栄養や力を全て自身が生きる事へ注ぎ込んだ鮭の個体の由来になったんだ。大きさや力強さが段違いで本当に長い時を渡って来てもるかもってね」


 確かに捌く時に解体台を増設する必要がある程にデカくて重かった。運動場のと同じ黒土を圧縮して固めた頑丈な解体台が軋む音を立てる程に。

 他の魚は大きくても手で吊るし持って腹を掻っ捌き内臓を取り出して串焼きにできたが、トキワタリは無理だった……身長が足りなくて。


「ちなみに串焼きにしているのは虎歯鮎だよ」


 異世界こちらの鮎はかなり攻撃的らしい。

 いや、そんな事より……。


「次元流通拠点ってなんですか?」


「あら? まだ教えてなかったかしら」

「ミナウスの事だよソラ君」


 ミナウス? ミナウス……どっかで聞いたような気がする。


「旅の目的地よ、ソラ」


 串焼き片手のウナに指摘され思い出した。

 でも、詳しくは知らない。


「南方次元流通拠点ミナウス。物流のみ大海域マリン・グランデ大空域スカイ・グランデと繋がる大都市だよ」

「一応、大海域や大空域の人にも会えるには会えるけど……説明が難しいわね。行ってからのお楽しみにするといいわ。あと、以前マゴノ先生から貰ったガチャチケもミナウスでなら使えるわよ」


 

 そういえば貰ったな、ガチャチケ。

 不思議な質感の紙製チケット、見る角度によって色が変わる下地に黒で『アナザーグランデガチャ』と書かれていた。


「ねぇソラ、串焼き食べないなら貰っていい?」

「いや、食べる! 食べるから持ってかないで」


 残念そうにするティアナには悪いが虎歯鮎を受け取り、焼き目のついたお腹にかぶり付く。

 皮はパリッと中はしっとりの淡白な味わい、だが噛み締めると瓜に似た香りが広がり魚独特の生臭さが無く食べやすい。

 虎歯鮎の串焼き一本を腹に収まるのにそう大して時間は掛からなかった。


「ソラ君、もういいのかい? トキワタリは運良く手に入っただけだからもっと食べるといいよ」

「あ、じゃあいただきます。ところでトキワタリは全部焼き魚にするんですか?」


 弾力があり過ぎてそのうち顎が疲れてきそうだ。


「う〜ん……魚は火を通さないと危ないからね」

「ハンバーグにするとか」


「ハンバーグ!」

「は〜いティア〜おかわりよ」

「わ〜い」


 ティアナ、色気より食い気なのは相変わらずか。


「魚でもできるのかい? ハンバーグって」

「つなぎとなるとパン粉とかいるかもですけど」

「米粉でもいいかな?」

「たぶん……」


「よし! じゃあソラ君の午後の鍛錬はトキワタリの身をミンチにするのとお米を粉にする作業だ!」

「……え?」


 昼食後、マシヴ宅キッチンで延々とトキワタリの肉とお米を挽く事になった。

 特に弾力のはあるトキワタリを挽くのが重労働であったのは言うまでもない。



 夕食は当然、トキワタリのハンバーグ。

 トキワタリの弾力に飛んだ肉がハンバーグになる事で食感が改善され、つなぎに使った米粉が旨みを吸って逃がさないのでトキワタリの美味さを余す事なく味わえる一品となっていた。

 付け合わせに旋兎卯鬼の肉を焼いた料理があった気がするが覚えていない。


 

「そうだわソラ君、寝る前に玉力を纏う練習をしておきましょうか」

「四肢が爆散するって言ってませんでしたっけ」


 正直、それにびびって魂魄拘束魔法ソウル・バインドをまだ解いてない。


「魂魄拘束魔法を掛けたままなら大丈夫よ」

「本当ですか?」

「いざとなったら爆散する前に殴って気絶させるか拘束魔法バインド精神拘束魔法アストラル・バインドを重ねがけして気絶させてあげるから安心なさい」


 とんだ安心のさせ方があったものだ。

 では、痛くない方で。


「重ねがけの方でお願いします」

「任せなさい」



 マシヴ宅の筋トレ部屋へ移動。

 器具を端に避けて広さを確保して練習開始だ。


 まずは煌爪に魔力を融合させて蒼い煌爪へ。

 人差し指から中指、薬指へと蒼い煌爪の数を増やして感覚を確かめる。

 なんとなくだが、分かってきた。


 一旦全ての玉力を解除して呼吸を整える。


 一呼吸置いてから煌式戦闘術の四極意全てを展開し、身体の内と外全てに命力を纏っていく。


 一面全て鏡の壁を見ると、金色に煌めく自分の姿が映っているのが見えた。


 続けて全身を包む様に魔力を放出。

 まだ命力と魔力の融合は起きない。


 身体の内側へ魔力を巡らせながら『空間掌握』の要領で身体を包む様に拡散させた魔力を一気に収束させる。


「まさか一発でとは……」

「絶対やり方教えてもらうわよ、ソラ」

「すご〜いソラ、綺麗!」

「三力融合の気配は……無さそうね」


 同時に喋った四人の声が難なく聞き取れる。

 それにこの感覚……人力紐なし逆バンジーの時と同じ? いや、それ以上だ。

 時の流れが遅く感じる程に感覚が研ぎ澄まされているのは同じだが、俺の動きまでゆっくりになってない。


 手を握り、開く。

 腕を伸ばし、曲げる。

 身体を動かす感覚は普段と変わらない。


 軽く跳ねてみる。


「っ!?」


 身体は勢いよく飛び上がり天井が迫っ——なぜか天井に着地していた。

 瞬間的に危険を察知して身体が動いたのだ。


 そして重力に従い身体は天井からゆっくりと離れ始める。だが、頭から落ちる事はない。

 引き伸ばされた感覚の中、身体を操り着地の姿勢を取るのは難しくはなかった。


 ふと、四人の方を見ると落ちる俺を受け止るべく掛け出そうした様に見える。

 ……素の状態で今の俺に付いて来られる?

 否、俺がこの状態になってようやく彼女らの素の身体能力に追いついたのだと直観して力が抜けた。


 全身に漲っていた力が抜けていく。

 同時に凄まじい疲労感に襲われ、膝が笑う。

 立っているのがやっとだ。


「反動が来たのね」

「反……動……?」

「三秒だ。それ以上は反動で動けなくなる」

「そうねマシヴの言う通りよ。それもソラ君の体感時間での三秒だから注意しなさい?」

 

 一種の切り札としておくべきか。

 体感三秒だけ、身体能力と感覚を一般獣人? のティアナ達レベルまで引き上げる切り札。

 使うと蒼いオーラを纏う感じになるから『蒼衣そうい』とでも名付けておこう。

 


 その後はいつも通り一風呂浴びて、マッサージを受けながら寝落ちした。

 ……何か忘れてるような? まぁいいや、反動のせいでいつも以上に眠く……て……。












 螺旋状の角、赤い目……旋兎卯鬼が勢いよく通り過ぎていく。生温い液体が顔にかかる不快な感触。


 感じる強い違和感。


 その正体は——生首だ。

 今、通り過ぎてたのは旋兎卯鬼の生首だった。

 振り返ると血を垂らしながら浮かぶ旋兎卯鬼の首が一つ、二つ……三つ四つと数が増えていく。

 一羽だけ角と歯が折れている。


 解体されていく旋兎卯鬼の後脚、前脚……胴体が爆散し肉片が飛ぶ。

 避けようにも身体は縛り付けれた様な、縫い付けられた様な感覚がして動けない。


 回転した旋兎卯鬼の角が突き刺さり身体を抉り、齧られて削られる。

 激痛を錯覚して飛び起きた……夢だったか。


 嫌な悪夢——って、魂魄拘束魔法ソウル・バインドが掛かったままじゃないか。

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