第61話 エネルギー量が一気に増える、つまり体積も一気に膨張する

 旋兎卯鬼セントウキの抜き血で染まるマシヴ宅裏庭。

 解体台に乗せた旋兎卯鬼を無心で解体して、解体して……解体している。


「やっぱり蛙とか蛇とか僕らから形が離れた魔物でやるべきだったんじゃないかな? 死んだ目で解体を続けるソラ君を見てるのはなんだか忍びないよ」

「そんな魔物、この辺にいないじゃない。それに、私は蛙も蛇も好き好んで食べたくないのよ」

「筋肉食に向いた肉なんだけどな……あ、そうだ!

 魚はどうかな」


 お魚好きの虎娘ティアナが反応して声をあげる。


「おさかな!」

「はーい、ティア〜。じゃましないの」


 が、親友ウナに宥められ離れた位置から解体を見守るべく移動させられていく。


「魚じゃ戦闘訓練にはならないでしょ?」

「う、確かに……」

「でも、捌けるようになって損はないわね」

「それなら僕が買ってくるよ」


 そんな会話と一人が買い出しに出掛ける足音が耳に届くが頭に入ってこない。

 俺はただマチヨさんに指示された通りに旋兎卯鬼の解体を続けた。

 指先に命力で形成した鉤爪——煌爪で肉を裂いて解体しているせいで張りのある筋繊維が切れて弾ける感触、押し返したくる肉の弾力や骨の硬さが直に指先へと伝わってくる。


「ソラ君たぶん無理だとは思うけれど……今、魔力を使えるかしら? 解体は続けたままで、よ」


 あと一羽で終わり……って、魔力?

 煌爪を肉と皮の間に突き刺し旋兎卯鬼の皮を剥ぎながら、魔力を解体中の手へ集める。


 特に問題無く魔力操作はできた。

 それが一体なんだってんだ……この後は腹を裂き内臓を取り出すところだから邪魔しないで欲しいんだけど。


「魔力って精神の影響が強く出るから、今のソラ君の精神状態で普段通りに魔力操作できてるのは地味にすごい事なのよ。分かってる?」


 褒められた気がして、ふと解体する手が止まる。

 そういえば魔力でも煌爪みたいな事ってできるのだろうか? ……やってみよう。


「ソラ君、手が止まってるわよ」


 解体を再開しながら手に集めた魔力を指先へ。

 煌爪と同じ要領で、煌爪を形成している指に魔力集めて同じ鉤爪型に圧縮させていく。

 失敗した……別の指でやらないと視覚的に分からない。感覚的にはできているんだが。


 そして、旋兎卯鬼の四肢を切り落としている最中に気付いた。

 煌爪の色が金色から透き通った蒼い宝石みたいな美しい色へ変化し、切った際の肉や関節の抵抗感が無い事に。


 え? なにこれ……綺麗。


 疑問と感嘆を抱きつつも旋兎卯鬼を解体をする手は止めない。背後の人が……いや、なんでもない。

 それより蒼くなった煌爪が気になる。

 肉を引き裂く切れ味が増したけど、制御の難易度が上昇して真っ直ぐ切れない。


「ちょ、ちょとソラ君!? それ……」


 耳を傾けている余裕は無かった。

 暴れ出そうとする煌爪を気合で押し留め、肉塊を背中から縦に両断した瞬間に煌爪が白く輝き——


「うわ!」「「「きゃぁ!」」」


 ——旋兎卯鬼の肉塊ごと爆散して消し飛んだ。






「肉片が道の方に落ちてたよ? 食べ物で遊ぶのは感心しないけど、何かあったのかな?」


 爆散した旋兎卯鬼肉で散らかったマシヴ宅の裏庭を片付けていると大きな魚を何匹も持ったマシヴさんが帰ってきた。声色が少し怒っている。

 ……道までって、マシヴ宅の前にあるジムよりも向こうまで肉片が飛んでったって事になる。

 マシヴ宅もジムも日本だと豪邸規模の敷地面積があるのに……。


「ソラ君が玉力ギョクリョクを使ったかと思ったら、三力融合までやっちゃって暴走したのよ」

「待った! 玉力で解体してたのかい!?」

「辛うじてね……すぐに三力融合やって爆散させたけど」


 呆れた目で見ないでほしい。

 わざとじゃないんです。

 そもそも玉力とか三力融合って何?

 ワクワクしてきました。


「ソラ君の目に光が戻ってきたね……」

「あら、本当ね」


「玉力と三力融合って何ですか?」


 気になって仕方がない。


「三力融合はその名の通り命力、魔力そして霊力の三力を融合させる事よ。混ぜるのとはまた違うから注意なさい。玉力はその三力の内二つを融合させたエネルギーの総称よ」

「玉力は可視化される程の密度になると宝石の如く美しい色合いになるからその名がついたんだ。色は命力と魔力ならアオ、魔力と霊力ならミドリ、霊力と命力ならアカになるとされているよ。それと玉力の量は融合させた命力や魔力を足し合わせた量なんて比じゃない程に増えるから注意が——」


 試しにもう一度やってみるか。

 煌爪に重なる様に魔力を鉤爪状に形成。


 指先に形成された金色に煌めく鉤爪は根元から色が透き通った蒼へと変わっていく。

 

「——ソ、ソラ君!? 爪先がカタカタと震えてるから一体玉力を解除しようか」


 制御しきれない力の奔流に蒼く透き通った煌爪が細かく振動して今にも弾けそうで怖い。

 一旦玉力を解除しないと危険な気はするけど。


「……どうやって?」


「「「「え?」」」」


 玉力は魔力と命力が混じった状態とは別物で分離が容易にできない。それに魔力や命力を歩いている状態と表現するなら玉力は全力疾走の状態で細かい操作は今の俺には不可能だった。

 が、解除自体は冷静に考えてみれば特に問題無くできる。命力と魔力を同時に解除するだけの事。


「ぐぇっ」

「ねぇソラ! 蒼の玉力ってどうやったの!?」

「ウナちゃん、そうやって掴みかかったらソラ喋れないと思う」

「え? あ、ごめんソラ」


 玉力の解除と同時に、ウナに掴みかかられて息ができなかった。


「どうって……煌爪に魔力の鉤爪が重なる様に圧縮する感じかな?」

「嘘……じゃあ私、逆をやっての!?」


 話が見えない。ウナは玉力の発動を目指していたのだろうか?


「ウナ……できれば自分で見つけて欲しかったわ」

「え、お母さん……やり方知ってたの?」

「命力だったら魔力を、魔力なら霊力、そして霊力には命力。前者に後者を加えて融合させる形でないと玉力化は極めて困難らしいわよ」

「いや、待つんだ二人とも。玉力自体が超高等技術だからね!? ソラ君がホイホイと発動したことを驚こうよ」


「「「お肉が爆散した時に十分驚いたから」」」


「あ、そう……」

「ごめんなさい」


 その節は本当に申し訳ございませんでした。



「とりあえずソラ君? 玉力は霊力のコントロールを身につけるまで封印ね」

「え?」

「霊力が勝手に混じって三力融合を起こしたのよ?

 不用意に玉力を使った所に霊力が融合しようものなら、ソラ君の四肢が爆散してもおかしくないわ」


「ぅ……分かりました。それで霊力の使い方は?」

「さぁ? 私は使えないし、使える人を見た事無いからどうしようもないわね。魂魄拘束魔法ソウル・バインドをかけてあげるから自力で感覚を掴みなさい」


 次の瞬間には、深い青色をした光鎖が俺の身体に絡みついていた。自分の中のナニカが引っ張られる様な、縫い止められる様な感覚がする。

 これが……霊力?


「マチヨ? 魂魄拘束魔法をかけたら霊力は動かせないはずじゃあ……」

「いいのよ、それっぽい感覚だけ覚えられれば」

「魂魄拘束魔法で捕まるのは魂魄体スピリチュアル・ボディだけど」

「霊力は魂魄体から出るものだから大丈夫よね?」

「ソラ君次第じゃないかな」


「そうね。じゃあ魚を捌き方を教えるわよ」

「え、あの……魔法かかったままですけど」

「別に動けるわよね? ソラ君の体質なら」


 動けるけど……動けるけども。

 逆らっても仕方がないので、魂魄拘束状態で魚を受け取り用意された台の上へ。

 魚を捌くべく煌爪を形成して指示を待つ。

 ……魚が大き過ぎて煌爪の長さが足りない。


「そうだソラ君。魔物解体なら煌爪よりも煌刃の方が向いているよ。それに刃渡を長くしても解体なら強度も問題無いからね。この程度の魔物や食材ならだけど」


 それ、もっと早く言って欲しかった。

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